住まい・暮らし Feed

2011年8月15日 (月)

今夜は精霊流し

長崎の精霊流しは、さださんの歌とはうらはらに。爆竹がバンバン鳴り響き、硝煙の臭いたちこめる、まるで「お祭り」のような精霊流し聞くところによると{景気の良い時}一晩で使われる爆竹、花火代、2億円、そのカスの掃除費用5000万円、精霊船は500隻以上一隻平均100万円かかるとして5億円以上、その他酒手なども含むと全部でゆうに10億円近くのお金が一晩で動くであろうしろもの。これは、「精霊流し」としては、他には例のないものではないでしょうか?

でもやっぱり「精霊流し」 たまに、ちいさな子供さんの船らしき、アニメなどが描かれたかわいい精霊船を目にするとなんともいえない、やるせなさがこみ上げてきてしまいます。

<ツル茶ん ハッスルハ-ト 2005.8.15 より>

さだまさしさんと一度、8月15日に会話したことがあります。精霊流しを担いでいて隣で休憩したことがあり、「こんにちは、暑いですね。」と,さださんに話かけました。さださんも気軽に返事を返してくれました。

観光客が長崎に沢山来ていますが、何割かは幻滅して帰られるそうです。さださんの歌と現実とかけ離れていますものね。長崎のじげもんは死んだ後はパ~っと賑やかに送り出してくれ!という人もいまだに多いようですね。私が死んだ時は子供の精霊流しのようにひっそりとグレープの精霊流しのようにして欲しいものです。まだまだ元気ではありますが、、、子供達には今日は耳栓をさせて行かせます。

http://www.youtube.com/watch?v=rTyfRY-jT0U

グレープ 精霊流し 1974

2011年6月19日 (日)

山下教授解任要求に疑問

「福島原発のリスクを軽視している」 「安全説」?山下教授に解任要求署名が出ているらしいのですが。。

私は山下先生の考えに同感です。NGOや被災者に惑わされて基準を巡って右往左往するのは好ましくありません。国の指針に従って避難するのが国民の義務、その費用は国民全体が背負っていくべきものです。国として基準を決めなければ、指示もできなければ支援もできません。国を信用せず、支えようともしない日本国民っておかしくないですか。解任要求を出されている方、もう少し冷静に考えることはできないのでしょうか。

~福島第1原発から放射性物質が放出されて続けている問題で、一貫して「安全・安心説」を唱えていると受け止められている識者が、福島県放射線健康リスク管理アドバイザーの山下俊一・長崎大学教授だ。1年間に許容される被曝量として「20ミリシーベルト」という数字が議論になるなか、山下氏は「100ミリシーベルト以下のリスクは分からない」との立場を崩していない。これが「リスクを軽視している」と批判を浴びており、NGOは、解任を呼びかける署名活動を始めている。

山下氏は、長崎市生まれの被曝二世。1991年から約20年間にわたって、チェルノブイリやセミパラチンスクでの被曝者治療に携わっている。05年から2年間は、世界保健機関(WHO)のジュネーブ本部で放射線プログラム専門科学官を務めている。福島県の放射線リスク管理アドバイザーには319日に就任し、県内の講演会で「放射能を『正しく恐れる』ことが大事」などと説いている。
「年間100ミリシーベルト」の評価
山下氏に対して解任要求をしているのは、FoE Japanやグリーンピース・ジャパンなどの環境NGO610日に菅首相や佐藤雄平福島県知事に宛てた要請文の中で、(1)特に放射線量が高い地域において、避難・疎開・夏休みの前倒しを促進すること(2)子どもを含む県民の内部被ばく検査の実施、など4項目を要求。そのなかの一つに、山下氏の解任が入っている。要請文では、
「低線量被ばくのリスクを軽視し、『100ミリシーベルトまでは、妊婦も含めて安全』との言動を福島県内で繰り返しています」
と山下氏を批判。署名活動を76日まで展開するという。
山下氏の発言で主に批判が集中しているのは、「100ミリシーベルト」の評価と、住民を避難させる範囲についてだ。
例えば、53日に、福島第1原発から50キロ以上離れた福島県二本松市で行われた講演会では、山下氏は
100ミリシーベルトで、5人くらいがんのリスクが上がることが、長年の調査結果で分かっている。100ミリシーベルト以下は分からない。明らかな発がんリスクは観察されていないし、これからも、それを証明することは非常に困難」
と発言。 「二本松は危険だから逃げろ」という声があることについてはとんでもないこと」と反論。
「皆さん、現実、ここに住んでいるし、住み続けなければならない。広島、長崎もそうだったし、チェルノブイリもそういう状況。そういう中で、明らかな病気は、事故直後のヨウ素による子どもの甲状腺がんのみ。このような現実をもって話している。国の指針が出た段階では、国の指針に従うのが国民の義務だと思うので、そのような内容でしか答えられない」と発言し、「国の指針に従うのが国民の義務」という発言が、さらに地域住民の反感を読んだ模様だ。

30キロ圏外でも必要ならば避難させなきゃだめ」
その後も、山下氏は「100ミリシーベルト以下のリスクは確認出来ていない」との立場を崩しておらず、524日発売の「週刊朝日増刊 朝日ジャーナル 原発と人間」の中では、「1回、100ミリシーベルト浴びると、例えば細胞に傷が100個できます。1ミリシーベルト受けると細胞に傷が1個できます。100個の傷にはときどきエラーが起きますが、1個の傷は体がすぐ治します。遺伝子は傷がついても治るという生物学的な生命現象が大前提としてあるので、僕は、微量の被曝には過敏になるな、と言っているんです」と主張。
「潮」116月号では、
「原発の放射性物質によってがんにかかりうるといっても、がんは日本人の3人に1人がかかる病気だ。確率論的に誰にでも起こりうる病気なのに、『放射線のせいでがんにかかる』と心配して生活を台無しにしても仕方がない」とも述べている。
ただし、住民を避難させる範囲については、前出の朝日ジャーナルの中で
「僕は飯舘や浪江、川俣の一部の数値が高いのを見て、自主避難ではだめだ、きちんと命令してあげないといけないと言ってきたんです。国に対しても、30キロ圏外でも必要ならば避難させなきゃだめだとも言ってきました」
と述べており、講演会での発言との整合性を問われる可能性もある。
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13日に行われた福島県議会の特別委員会でも、山下氏のアドバイザー解任を求める声があがっており、今後も波紋は広がりそうだ。~

http://www.j-cast.com/2011/06/14098424.html

2011年5月10日 (火)

津波のあった場所には原則建物禁止でも

マイアミに居る頃、一緒に剣道をしていた仲間が岩手に戻り被災しました。彼のブログが更新されています。仮設住宅に移住出来た方の仮でも生活が出来たことは喜ばしいのですが、津波のあったところでリフォームして住みますか~うん、これは微妙です。

おかげさまで、市内の様子も大分落ち着いてきました。公園や広場には次々に仮設住宅が設けられ、順次、津波で家を失った人たちが入居しています。避難所から仕事や学校に通っていた人たちも、仮の住まいが出来て胸をなでおろしています。
 
100円ショップの生活用品、オフィス用品が品薄になっていることからも、被災者たちの生活が次の段階に移ったことをうかがわせます。県では「津波の被害を受けた場所では、新たに建物を建てることを原則禁止」としていますが、市町村・自治体の判断に任せるということになりました。 それを受け、市では「禁止・強制はしませんが、お願いですからなるべく新築はしないでください」との決定でした。思い入れのある家を修繕して住みたいという人たちには朗報です。
  
ここから離れた某市の建設会社の若頭は「うちでも被災地に2人づつ送り込んでるんだけどね。
そろそろこっちが被災しそうだよ。」と言っていました。「せめて飯代でも出ればいいんだけどね。」と言うことを聞くと、ほとんど自腹で被災地の支援に行っているようです。

http://rednetwork.exblog.jp/12546172/

2011年5月 9日 (月)

仮設診療所よりもシャトルバスが有効では?

厚生労働省は8日、東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手、宮城、福島の3県に建設する仮設住宅群すべてに原則、仮設の診療所を整備する方針を固めた。診療に当たる医師や看護師らも被災地だけでは足りないことから、日本医師会などに中・長期の派遣を要請。常時、千人程度の応援を送り込む。

 震災で被災地の地域医療は大きな被害を受けた。もともと医療過疎地だっただけに再建には数年以上かかるとみられ、仮設診療所での医療支援で「空白を埋める」(厚労省幹部)のが狙いだ。

 避難生活の長期化で、避難所では体調を崩す高齢者が増加、深夜に肺炎などで救急搬送される例も少なくない。仮設診療所では風邪から高血圧症の治療など地域の診療所で受けられるような初期医療を提供、感染症予防にも当たる計画だ。

 阪神大震災の際も十数カ所で仮設診療所が設けられたが、地域医療が徐々に回復したため、医療支援は医師や保健師の巡回が中心だった。

 厚労省では、近くに病院や診療所があるケース以外は、仮設住宅群に診療所を設置。近所に診療所があっても大規模な仮設住宅群には診療所を設け、すべての入居者が診療を受けられるようにする。

 厚労省は第1次補正予算で被災地への仮設診療所約30カ所の建設費として約10億円を計上したが、避難所周辺への設置が中心で、仮設住宅への本格的な整備は第2次補正予算からになる見通し。

 被災3県には5月2日現在で日本医師会の災害医療チーム(JMAT)や日本赤十字社の応援医師、看護師、保健師ら約1100人が展開。厚労省では「今後数年は現在の応援人員ぐらいは必要」としている。

http://www.47news.jp/CN/201105/CN2011050801000644.html

頼まれた医師会も大変でしょう。派遣できるのは勤務医ですから常時送り込まないといけない病院も大変です。拠点病院に集中して各避難所を巡回バス、シャトルバスで病院と繋げる方が現実的で有効だと思います。診療所で出きる診療は限られていますし、仮設住宅が無くなれば消滅する診療所に金と人をかけるのはいかがなものでしょうか。東北3県は医療過疎地であったことを考慮すると、厚生労働省の案は過剰なサービスを提供してしまい引くに引けなくなる状況を今後起こすのではないかと危惧します。

2011年5月 6日 (金)

No more 福島

津波14mを想定して今まで対策は立ててこなかった訳ですから原発と言っても現在日本では福島だけではなく、女川、玄海、日本中の原発のか問題になった感があります。単に原発反対と言っても原発のある地域は、それだけで税金が入り、雇用が生まれています。福島もそうであったはずですが、事故があれば東電の地域への貢献うんぬんは議論すらされません、そらそうなるでしょう。

当面は必要で維持されるべきものと私個人は考えますが、維持させる方法が大切なんでしょうね。津波5.7mを想定して海抜10mの位置に建設した福島の後を追うようなことがないようにNo more福島!
しかし311日まではNo more広島、長崎だったんですよね、この国は。

仙台駅から東北新幹線で福島を通り過ぎる時、ふと上記のことを考えていました。現在、長崎。

2011年5月 4日 (水)

気仙沼復興協会~階上(はしがみ)中学避難所生活から自立への道~

気仙沼市本吉病院、保育所、中学校、南三陸アリーナ、東松島を回り、撤退後のご挨拶を兼ねて本部の方と一緒に視察をさせて頂きました。階上(はしがみ)中学が最も印象深く、素直に感動しました。この中学では震災前から津波のシミュレーションを行ない、電気がない状態での生活、飯盒でご飯を炊くことから教えていました。被災直後から中学生が率先して動いたそうです。

階上(はしがみ)中学校答辞  http://www.youtube.com/watch?v=b7hNLmzcIHk&feature=youtu.be

避難所対策本部長守屋(もりや)守武市議がリーダーとなり気仙沼復興協会を立ち上げ、同市出身の大学院生が半年間休んで手伝っています。守屋さんは視察に訪れる国会議員に直接党派に関係なく働き、失業した避難所住民に瓦礫の撤去作業で一日8千円の日当、腐敗した海産物処理も地元の被災民を使う、指揮をとっています。失業保険に頼らず自活の道を歩もうとする市議の熱弁に二宮尊徳の話を思い出しました。http://twitter.com/#!/SaitoM

被災地出身のデザイナーが作ったオリジナルの一枚2000円鯉のぼりをネットで買ってもらい、購入者のメッセージをつけて収入とし(一枚300円のコスト)、自分達で稼ぐ、勤労する意義を説いています。失業保険に頼ると自活できなる怖さを守屋市議が訴えていらっしゃいました。http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110503/k10015687531000.html

支援金、物資の時代から雇用を作る時期になっており、我々は税金を今までよりも多めに出す痛みを分かち合って被災民の方々に働く機会を提供する、これが最も大切なことなんですね。

民間ハローワークが始動 震災失業者に職あっせん

2011.4.28 22:01

 東日本大震災で職を失った市民に雇用をつくり出そうと、宮城県気仙沼市で28日、「民間ハローワーク」の業務を担う「気仙沼復興協会」を市民らが設立、がれき撤去などの仕事のあっせんを開始した。市が、国の緊急雇用創出制度を利用して協会に850万円の事業費を委託。協会は、がれき撤去や清掃、被災した高齢者の支援など、主に復興に関わる業務をあっせんする。本業への復帰を見越して、臨時の日雇いの形式とし、賃金は協会が支払う。

 既に約80人が仮登録しており、停電で腐敗した水産加工品の海洋投棄などに従事している。京都府と兵庫県尼崎市からは、作業着や安全靴が贈られたという。協会会長の守屋守武市議は「民間がやることで、地域のあらゆる分野から仕事を見つけ、多くの人が働ける環境をつくりたい。復興の第一歩になるはず」と期待する。>

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110428/dst11042822010029-n1.htm

問題なのはマスコミでよく取り上げられる南三陸アリーナ周辺かもしれません。町長がマスコミに出て天皇陛下はヘリで降り立つ、イスラエル軍が置いていった仮設診療所があって注目され、支援物資が集中しています。しかし、ここは山、丘に乏しく、復興の青写真が最も見えません。ここに集中し過ぎて物資、サービスが届かない地域があります。米軍の凄いところはヘリからそういう地域に支援物資を落していきます。マスコミは皆が行かない所へも足を向けて取材して欲しいものです。

二宮尊徳の荒地開墾 (要約)

尊徳は,小田原藩主から荒れ地の再興を頼まれますが何回も断ります。断りきれないと分かると,自ら荒れ地に出向いて数か月間,荒れ地の村民と過ごし,土質,排水,設備,そして村民の日常生活,態度まで調べあげます。そして,次のように言います。

「仁術を施せば豊かな暮らしに戻すことができます。そのためには,藩主は金銭を貸し付けないでください。税を免除しないでください。金銭的援助は断ち切るのです。金銭的援助は貪欲と怠惰,そして争いを引き起こします。荒れ地は荒れ地自身が持つ力によって開発されなければならず,貧困は自力で立ち直らせなくてはなりません。ただし,藩主は一定量だけ年貢として納めさせ,それ以上は求めないでください。村民の生活に一定割合を使わせ,余った分は残りの耕地を開墾する資金として使わせてください。それが私の言う仁術です。自分自身の努力,慈愛,勤勉,自助で生活が徐々に向上することを知れば,10年で見違えるように再興できます。」

NHKニュースより

全国各地から寄せられた復興への応援メッセージが書かれた220匹余りのこいのぼりが、震災で大きな被害を受けた宮城県気仙沼市の避難所に飾られました。こいのぼりは、気仙沼市出身で川崎市に住むデザイナーの畠山雅枝さんがデザインしたものにインターネットでの呼びかけに応じた全国の人が応援のメッセージを書き込みました。

3日は270人余りが避難生活をしている気仙沼市の階上中学校で、避難所の人たちも参加して、こいのぼりをロープに結びつけて空に泳がせました。こいのぼりには「がんばろう」や「気仙沼の魚を食べたい」などと書かれ、中には鹿児島県の種子島の小学生たちが書き込んだものもありました。色とりどりのこいのぼりは風を受け、ゆったりと被災地の空を泳いでいました。

こいのぼりを見に来た近くの中学3年生の女の子は、「メッセージを見て元気をもらいました。私も気仙沼の復興のためにボランティアで手伝おうと思うようになりました」と話していました。

主催した畠山さんは高校卒業まで魚市場の近くに住んでいたということで、「全国の皆さんが気仙沼のことを真剣に考えてくれていると感じ、とても感動しました。私の実家も被災しましたが、これから復興に向けて気仙沼のためにできることをしていきたい」と話していました。

2011年4月29日 (金)

東北へ持っていく物 GW時

病院側が準備して私の机に置いていった物は下記の通りです。

1.水のいらないシャンプー 資生堂FRESSY http://www.shiseido.co.jp/products/item.html?pd=84197&br=fressy

2.大人用からだふき 50枚入 http://www.d-unicharm.jp/item/80.html

3.雨合羽 Mサイズ:Lサイズが良かったが帰ってきてから減量しようw

4.Head Light X-FORCE:耳鼻科医っぽい、頭にバンドを巻いて照らす、これは夜間歩く時、トイレで有用らしい。

5.懐中電灯+乾電池単3 3個+単4 3個

6.軍手+皮手袋

7.呼子笛 

番外: 寝袋 これは毛布が十分あって現在は不要らしい。

2011年4月15日 (金)

水が乏しい避難所での支援

避難所ではライフラインはほぼ全て止まり、被災者の方達は手を洗う水も無く、入浴もままならない生活を送られていました。
元々既往症がある方も津波に薬やその情報を流され、長期化する避難生活で症状が悪化した方も多くおられましたが、その他にも長い避難所生活での運動不足や高齢の方の褥瘡発生、インフルエンザやノロウィルス等の感染症など様々なリスクが考えられ、他のメンバーともどうするべきか話し合ったりもしました。しかしそういったリスクに対してどうすればいいのかと考えつつ、日々の仕事に追われたまま活動期間は終わり、私は長崎に戻ってきました。


病院勤務は清潔を求めますが、被災地では体が汚れてもすぐ洗う事は出来ません。手が汚れても速乾式の消毒液で消毒し、ウェットティッシュで拭くのが精一杯。資材も足りない物があってもすぐには補充されません。
吸引が必要でも吸引機はあっても電気がない為使えず、タコ足配線になった自家発電のコンセントから何とか延長コードを引っ張って使えるようにしたりと、その場でどうにか出来る事を考えていくしかないのです。

~南三陸の支援から戻った看護師さんの手記より~

2011年4月14日 (木)

被災地ではプラザキサが良かろう

私がGW支援で行く病院のERでは患者の6割が脳卒中とのこと。降圧剤を今まできちんと内服していた人が出来ていない、避難所で運動量が減少している等、想像していた状況ではあります。 湘南鎌倉病院循環器科の先生が書かれているブログを読んで安堵しました。この先生と同じことを私も考えていました。

本吉病院に派遣されてワーファリン内服中、または発作性心房細動があって脳梗塞の危険が高い、下肢静脈血栓の方がいた時、ワーファリンでは管理が難しいな~プラザキサがあればと考えていた矢先でした。ワーファリンは食事内容によって効きが全然変わってくるので、避難所生活の人に以前の内服量を尋ねても当てにならないでしょう。 GW4月30日に東北へ医療支援に向かいます。

~当地に入って、心房細動患者さんで、以前よりずっと脳梗塞予防あるいは脳梗塞の後でワーファリンによる抗凝固療法を受けられている患者さんが随分とおられることが分かりました。当然処方量の決定には毎回の INR検査が必要です。しかしながらこの状況の中、この本吉病院では INRは外注検査となり、結果取得のためには24時間以上必要です。ですから、もとより薬剤の種類も総量も地域全体として不足する中、当初は 3日間しか、あるいは最近になってようやく 1週間投薬、そしてやっと数日前から 2週間投薬が可能となった状況の中、とてもでありませんが、傷ついてようやくこの病院にたどり着いたお年寄りの方々に翌日あるいは翌々日来院して頂いて処方量の決定などできません。

幸い厚生労働省はこの4月1日より実質的に新しい抗凝固薬、画期的な薬剤「プラザキサ」を認可してくれました。この薬剤は INR検査が不要であり、薬効も合併症も少ない画期的な薬剤です。ただ、未だ新薬なのでもともとこの地域には導入されていませんでした。そこで、鎌倉病院経由で製造発売元のペーリンガー製薬にお願いして緊急的に導入して頂くことにしました。これでどれだけ多くの人々が救われるでしょうか。

http://d.hatena.ne.jp/Dr_Radialist/20110411/1302503329#c

日本ベーリンガーDIセンターに問い合わせました。ワーファリンの場合、ケイツーという薬剤で拮抗させてPT INRを測定して術前に評価することが出来ますが、プラザキサの場合拮抗薬はありません。半減期が約12時間であり中止後24時間後には抗凝固能は消失していると考えてよいそうです。また腎排泄性の薬剤ですから輸液して利尿をかければもう少し早く効果消失は期待できるかも、ということでした。 脳出血で待てない状況の場合、術中にFFPを投与しながら手術ってことがあるかもしれません。

また、酸性でないと吸収されないので胃潰瘍で使用するプロトンポンプ阻害剤併用は時は10%減量が必要、顆粒は表面がダビガトランの構造ゆえに カプセルだけど経管投与は無効となり易いこと、ベラパミルなどと併用で吸収が遅くなるので服用時刻をずらす必要がある、新製品ですから薬価が高く14日間処方という縛りがあること。

キリがありませんが、これらのことを頭に入れても被災地ではワーファリンよりも使いやすいでしょう。イスラエル軍が残した診療所ですとプロトロンビン時間(INR 国際基準)が測定可能ですからワーファリンでもOKでしょうが、本吉病院では測定すらできないでしょうから選択の余地がありません。

2011年4月 8日 (金)

さすがイスラエル

さすがに中東戦争で非常時の医療に慣れているイスラエル、行動は迅速、規模も大きかったようです。先週、南三陸町で医療支援に参加したナースが感動して帰ってきました。会話は英語で頑張ったそうですが、カルテを覗くと読めずにショックを受けたようです。そりゃそうだヘブライ語+英語だったそうな。

地震発生から48時間以内に現地到着可能と日本政府に連絡してきたイスラエル軍医療チームって凄いです。レントゲン、ラボ、眼科、耳鼻科診察器具、分娩台、手術台+器具全て持参しプレハブの診療所を作り、後は置いていくって離れ業。戦争慣れしているとはいえ、イスラエルの国力は商人の民族だけに手際、大胆さ、脱帽です。
特に分娩台、震災直後に妊婦がいるという認識、日本が見習うべきところ大です。

「国際救援チーム」まだ頑張ってくれてるトルコとイスラエルに密着
2011/4/ 7 15:07
ちょっとした総合病院
宮城県南三陸町で3月28日から医療活動を続けているのがイスラエル国防軍の医療チームだ。それも半端じゃない。内科や外科はじめ、小児科、産科、耳鼻科、眼科の専門医師の総勢60人が、X線検査やエコー検査もできる機器を持ち込んでおり、ちょっとした病院がそのまま移動してきた感じだ。
イスラエル大使館の担当官はこう話す。
「お手伝いできることがうれしいし、日本の文化に触れることはとても興味深い。医療チームにとっても特別な体験です」
司会の加藤浩次「イスラエルの医療チームと日本とはどういう関係なんですか」
コメンテーターのおおたわ史絵(内科医)が「医療の世界ではイスラエルは先進国なんです。カプセルでできた胃カメラなどを発明したのはイスラエル。国がこういうチームを即座に作れるのはすごく重要で、日本はこういうところはすごく弱い」という。
イスラエル支援チームのすごさは、抑圧され、虐殺されながらも、漂泊先の社会で医療や学問を通じて足跡を残したユダヤの歴史をちょっぴり想起させる。

http://www.j-cast.com/tv/2011/04/07092396.html

イスラエルの医療団撤収へ 機器の一部は提供 2011.4.6 21:16

 宮城県南三陸町で仮設診療所を設置し活動していたイスラエルの緊急医療チームが、10日に診療を終え、11日に撤収することが決まった。外務省が6日明らかにした。
 プレハブの仮設診療所は4月中旬をめどに地元の医療機関が引き継ぎ、医療チームが持ち込んだ機器の一部もそのまま提供される。
 イスラエルの医師や看護師ら約50人は、多くの住民が避難生活を送る南三陸町のベイサイドアリーナ横で3月29日に診療を開始していた。
 外務省によると、震災で外国政府から医療団が派遣されたのは初めてだった。
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