住まい・暮らし Feed

2012年7月23日 (月)

長崎大水害から30年

30年前、高校2年生だった私は剣道の稽古後、友人と松山町交差​点近くのビル2Fにあるお好み焼き屋に居ました。夕方から降る雨​が次第にひどくなり、2階の店にも屋上から階段を流れてくる雨水​が入ってきます。土砂降りの中を帰宅の途につきました。浦上川が​氾濫して家に帰れず、近所のケーキ屋さんに泊めてもらい、翌日、​家に辿りつきました。停電も困りましたが水が無いのが夏場は大変​でした。今朝、九州もようやく梅雨明けしましたが、今回の九州北​部を襲った水害で八女の茶畑が駄目になり、朝倉、阿蘇、日田と多​くの爪痕を残しました。映像をTVでみると30年前の長崎大水害​を思い出しました。
実家は浸水しなかったのですが、全国から支援物資が家にも届きま​した。やはり災害時に支援を頂くとありがたいです。九州で​被害にあった地域の復興を祈る7/23としたいと思います。

2012年2月25日 (土)

愛情こもった妻の口腔内吸引@在宅

人工呼吸器をつけた状態で在宅医療を開始したお宅にお邪魔しました。開業医2人にバトンタッチしましたが、入院中私が主治医の際、病棟の看護師さんから奥さんに教えるように指導、見よう見まねで始めたはずですが、今までこれほど愛情のこもった吸引を私は見たことがありませんでした。家に帰すって、これだけでも素晴らしいですね。

<口腔内吸引シミュレーション>

http://www.jichi.ac.jp/msc/2010/02/kangobu-syunin-kensyuu/dsc_0351/

2012年1月29日 (日)

エンディングノート 最期をどうするか

胃ろう中止も選択肢に 終末期医療の原則、学会が改定

高齢者の終末期医療とケアについて、日本老年医学会は28日、胃に管で栄養を送る胃ろうなどの人工栄養や人工呼吸器の装着は慎重に検討し、差し控えや中止も選択肢として考慮するとの「立場表明」をまとめた。最新、高度な医療をすべて注ぎこむことは必ずしも最善の選択ではないと判断した。表明の改定は11年ぶり。

 終末期医療の手続きなどを定めた法的ルールはない。この立場表明にも拘束力はないが、高齢者医療に携わる医師が治療方針を考える際の基本原則とするもの。具体的な手順などを定めたガイドライン(指針)を作る際のもとになる。

 まず、高齢者の終末期における「最善の医療およびケア」を「必ずしも最新もしくは高度の医療やケアの技術すべてを注ぎこむことを意味するものではない」と明記。高齢者の心身の特性に配慮し「残された期間の生活の質(QOL)を大切にするものだ」との考えを示した。

 その上で、高齢者が最善の医療およびケアを受ける権利の一環として「(おなかに穴を開け、管を通して水分や栄養剤を胃に送る)胃ろう造設を含む経管栄養や気管切開、人工呼吸器装着などの適用は慎重に検討されるべきだ」と指摘した。具体的には「本人の尊厳を損ねたり、苦痛が増えたりする可能性があるときは、差し控えや撤退を考慮する必要がある」と記した。http://www.asahi.com/national/update/0129/TKY201201280598.html

学会が終末期の原則を変更は意味あること。背中を押してくれるが、胃ロウがないと転院できない現実。家族の中で90歳過ぎてもとことん積極的治療を望むケースでは医療者も積極的にならざるをえない。終末期どうありたいか?終末期の過ごし方、残された身内や親族の事を考えて、元気に体が動く内に、しっかりと伝えていく、その為にエンディングノートがある

エンディングノート 自分らしいご葬儀のためのエンディグノート 

http://sougi.bestnet.ne.jp/endingnote/index.php

2012年1月14日 (土)

破獄

広島刑務所脱走犯が逮捕されて広島市民の皆さん、警察関係者は一安心でしょう。私は吉村 昭の破獄を思い出しました。日本にもかつていたんですが、戦後、日本で教育を受けた受刑者は脱獄はしようとしないでしょう。広島刑務所勤務の方々は責任を感じていらっしゃるでしょうが、少ない所員で大変な業務であろうと思います。刑務所周辺の警備を民間に委託しているところもあるようです。外国人を受け入れている刑務所は他人事ではないでしょう。日本の治安を考える上で重要な事件が続きます。
吉村昭/著  驚くべき手口に、大胆な実行力で、四回の「脱獄」成功。犯罪史上に残る無期刑囚を描いた吉村記録文学・畢生の大傑作。

<昭和11年青森刑務所脱獄。昭和17年秋田刑務所脱獄。昭和19年網走刑務所脱獄。昭和22年札幌刑務所脱獄。犯罪史上未曽有の四度の脱獄を実行した無期刑囚佐久間清太郎。その緻密な計画と大胆な行動力、超人的ともいえる手口を、戦中・戦後の混乱した時代背景に重ねて入念に追跡し、獄房で厳重な監視を受ける彼と、彼を閉じこめた男たちの息詰る闘いを描破した力編>

2011年11月18日 (金)

プータンの農業発展に貢献した日本人

個人の幸福感を重んじる「国民総幸福(GNH)」で知られるブータンのワンチュク国王が国賓として来日されています。新婚で奥様が綺麗な方でついつい、そっちに目が行ってしまいますが、プータン人の中で一番有名な日本人、西岡氏のことは恥ずかしながら知りませんでした。 http://www.ifsa.jp/index.php?kiji-sekai-nishioka.htm

2011年11月14日 (月)

そりゃないだろトイレ@中国

中国に行けと言われたとして一番気になるものと言えばトイレではないでしょうか。上海、北京と海外の旅行客が多く来る処はトイレも綺麗になったそうですが田舎の方に行くとまだあるようです。インドでは大バケツの脇に手桶みたいな小さなバケツがあって、それで水を汲んで使うみたいです。洗うのは不浄な手とする左手なんでしょう。対面式のトイレでは慣れてきたら微笑み返したりして,,,郷に入れば郷に従えってことですね。最後は度胸!(11月7日FBより)

http://rocketnews24.com/2011/11/05/149401/

2011年11月 1日 (火)

アルメニアの原発震災被害?

地続きのアルメニアの原発が震災被害で放射能漏れしているらしい。暗雲立ち込めると言うか、第2の福島原発にならないことを祈るのみ。情報が少ないが今後のニュースに注目。

2011/5/13 世界でもっとも危険な原発、アルメニア原発 廣瀬陽子
地震多発地帯でありながら原発に頼らざるを得ないアルメニアの国情もあるようです。
http://synodos.livedoor.biz/archives/1759243.html


<トルコ地震で世界一危険な原発に被害か>
死者580人を出したトルコ東部で発生したマグニチュード7.2の地震で、隣国アルメニアのメツァモール原発が被害を受け、基準値を超える放射能漏れを起こしている、とイラン国営ラジオが報じている。
地震は23日にトルコ東部で発生し、その後も余震が続いているもようで、トルコとアルメニアの国境地帯にあるメツァモール原発で、微量の放射能漏れが起きているのだという。現在は、復旧作業を続けているのだという。

メツァモール原発は地震多発地域でもあり、IAEA(国際原子力機関)も世界で最も危険なランクに入る原発の一つだとしている。ただ、隣国のトルコ、アゼルバイジャンと歴史上は長く敵対関係が続き、資源のないアルメニアは原発に頼らざるを得ない国情がある。同原発は、国内電力需要の4割をまかなっている。


http://media.yucasee.jp/posts/index/9376?la=nr3

2011年10月30日 (日)

トルコ東部地震 カラタブク

 1028日(金) 15:00(現地時間9:00)本日の活動を開始。本日も訪問診療を行う。16:50 地震による死者570人、負傷者2500人以上との報道あり。

19:00(現地時間13:00)エルジシュの西にあるカラタブクを訪問。 現地の学校を借りて仮設の診療所として診療を開始した。 カラタブクは地震による建物の倒壊等直接の被害はなかったものの、大きな揺れを感じ負傷者が出ている状況であった。住民は建物が倒壊する可能性があることに強い不安を感じ屋外で生活をしている。国内からの支援は医療・物資共に殆ど届いておらず不足している模様。

23:30(現地時間17:30)カラタブクでの診療を終了し宿営地へ向けて出発した。 本日は男性20名・女性32名の合計52名の診療を行った。 診療科別の内訳は内科13名・外科9名・小児科30名で、1名下肢の切創があり縫合を施行した。隊員の健康状態は皆問題なし。現在行っている巡回診療は、地元クルド人の有力者の協力のもと点在する村々を回って行っている。 今回の震災では小さい村々も被災しており、家屋がつぶれ生活条件が悪化する中、さらに気象条件の悪化も重なり体調を崩す人が出てきていると思われる。

宗教上の関係か、女性・子供の大半は自宅で暮らしており、外出することが少ないようである。 その為、子供・女性の診療数が多くなる傾向があり、我々TMATの出向く医療の必要性を ここでも感じている。 明日も巡回診療を行う予定であるが、この3日間の巡回診療で多くの村を回る事になり、 第二陣の派遣は不要と考えている。我々第一陣も明日の活動で終了となると思われる。(文責 TMAT事務局 齋藤一真/橋爪慶人) http://www.tmat.or.jp/tdmat/report/turky6.html

第1陣の皆さん、寒い中お疲れ様です。もう少し頑張って無事な帰国を祈ります。

2011年10月25日 (火)

トルコ政府が他国に介入して欲しくない理由

<トルコ地震、トルコ政府が他国に介入して欲しくない理由>
クルド人が多い地域だけに政治的意図で政府が動いている訳ですね。日本の新聞はそこまで書かないのでさっぱり分かりません。やっぱり時には外国の新聞に目を通そうと思いました。

国営アナトリア通信が報じたところによると、エルドアン首相は23日夕方にクルド人の多く住むこの地域に向かって出発した。同首相の迅速な対応は、被害が深刻であることだけでなく、災害にうまく対処することが政治的に重要であることも示唆している。 
 地震の発生した地域では、クルド人国家の樹立を目指すクルド労働者党(PKK)が活動しており、その支持者も多くいる。エルドアン首相はPKKの鎮圧ないし弱体化を目指しており、一般クルド人からの支持を再び取り付けようと懸命だ。トルコ軍は、19日にPKKの襲撃により24人のトルコ兵が死亡したことを受け、23日も1万人体制でクルド人武装勢力への攻撃を続けた。 

http://jp.wsj.com/World/Europe/node_330117

2011年10月16日 (日)

布団屋台

新小児科医のつぶやき 日曜閑話 42 2011-10-16におもしろいコッコデショ考察がありますので紹介します。

現在の布団屋台は豪華で華麗な物になっています。祭りも時代と共に変わりますし、さらに言えば屋根の布団が、元もとは神の寝具であったなんて事も忘れ去られます。一方で町同士の見栄の張り合いも祭の華であり、ひたすら豪華に大きく肥大化していきます。屋根に使っている布団も、本物の布団から布団風の構造物に変わりますし、屋台の飾りも派手になっていきます。そうなってしまうとオリジナルを想像するのが困難になるのですが、長崎のコッコデショはかなりオリジナルに近いと考えます。

長崎くんちで登場するのはこれ一台であり、それも7年に1回しか出ません。つまり比較競争する相手がいないわけですから、町同士の見栄の張り合いからの変化の影響は少ないと考えられます。もう一つは動きの激しさです...
。コッコデショの布団は、布団(つうか巨大な座布団)である事がかなり明瞭に確認できます。一方で播州屋台になると、言われれば元は布団であった事がわかるぐらいに変化しています。
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/

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