2015年6月15日 (月)

神経救急に力注ぐ

徳洲新聞平成27年6月15日 月曜日 No.984 より

長崎北徳洲会病院の昨年4月から今年3月までの救急車取扱件数が1149件。脳神経疾患の割合が高く、脳卒中専門医が当直でない時でもモバイル端末のiPadによる画像転送システムを活用している。

五島列島の病院で指導

今年に入り、脳梗塞患者さんに対しtPA血栓溶解療法(脳梗塞になった脳細胞が完全に死滅する前に、できる限り早く血流を再開して少しでも脳細胞を救う療法)を施行。出血性脳梗塞を来した例もあるが、多くで再開通が得られた。鬼塚は「劇的に症状が改善する夢のような治療でもありますが脳出血の危険性を伴っており、担当スタッフには十分な教育を受けてもらう必要があります」と話す。済生会長崎病院が主導している長崎ISLS(神経救急のコース)を長崎北のスタッフが積極的に受講し、同時に指導する側としても常時参加。長崎北は、五島列島にある上五島病院、五島中央病院に、済生会病院と一緒に2年前から足を運び、ISLSの指導にあたっている。

上五島では昨年、ISLS受講後にtPA症例が3例あった。「脳神経外科医や神経内科医の専門医がいない離島でも、本土と同様の脳卒中救急が出来るように、これからも離島での活動は続けます」(鬼塚)

職員に教育が十分に行きわたらないと、高いレベルの医療を提供できない。院内の勉強会の動画を「Youtube」にアップし、スマ-トフォンやパソコンで自宅でも受講できるように配慮しているという。

精神科領域の救急も

「すべのスタッフと情報を共有し、協働しやすい環境づくりを目指しています。精神科・脳卒中科・総合内科・外科がコラボレートした老年医療が売りの当院にとって、精神科領域の救急医療も特徴になっています。」(鬼塚)

課題は、精神科のマンパワー不足。高齢化社会となり認知症患者さんに対応する機会が増えており、精神科医の役割は今まで以上に増している。

認知症の診断、治療には苦慮することも多く、長崎市北部認知症研究会にも毎回参加して情報交換を行い、他科の医師でも認知症に対応出来るように研鑽を重ねている。

脳卒中の救急と両輪でリハビリを充実させる必要があり、昨年9月から身体機能の拡張・増幅を目的として開発されたロボットスーツHALを導入。脳卒中後の片麻痺患者さんに利用し、新たな手段として活用している。40歳代の脳出血を起こした男性は、このHALを使って社会復帰を果たした。

この男性は、「下肢の麻痺が後遺症となり、職を失いました。リハビリ室で重度の麻痺がある60歳代の女性がHALを着けて頑張っているのを見て、私も挑戦しました。杖なしでの歩行後、正規雇用で採用してもらうことができ、スタッフの皆さんに感謝しています」。

長崎北徳洲会では月に1回、長崎HAL研究会に参加し、他病院と共にHALの活用方法などを学んでいる。

「昨年11月に長崎市医師会に入会し、今まで以上に近隣の病院・施設と連携を取りながら、長崎市北部から西彼杵郡までの脳卒中救急医療に微力ながら貢献したいと思います」と、鬼塚は熱い思いを語っている。

http://portal.tokushukai-contact.jp/media/news/shinbun984.html

2015年5月13日 (水)

元気です!My病院 長崎保険医新聞2015.5.10発行

 長崎北徳洲会病院は閉鎖されていた病院を買い取り、1986年11月に108床の救急病院としてスタートしました。昨年4月から今年3月までの1年間で救急車取扱件数が1149件、平均在院日数は17.9日です。内科系と外科系当直を常時1名ずつの2名当直体制、24時間画像診断、検査が出来る体制を整えています。特に脳神経疾患は多く、脳梗塞急性期のtPA血栓溶解や血栓粉砕療法が迅速に行えるように、脳卒中専門医が当直でない時でもiPadによる画像転送システムを活用しています。長崎済生会病院に事務局があり主導されている長崎ISLS(神経救急のコース)はスタッフに積極的に受講してもらい、同時に指導する側としても常時参加し、上五島病院、五島中央病院にも済生会と一緒に2年前から足を運んでいます。

 精神科領域救急医療も当院の特徴です。立石先生はポールマッカートニーと同じ年で現在でも診療されていますが、後継者となる医師がいません。これは精神科・脳卒中科・総合内科・外科がコラボした老年医療が売りの当院にとっては切実な問題です。特に高齢化社会において認知症患者に対応する機会が増えており、精神科医の役割は今まで以上に増しています。認知症の診断、治療には苦慮することも多く、道ノ尾病院が主宰される長崎市北部認知症研究会にも毎回参加して情報交換を行い、他科の医師でも認知症に対応出来るように研鑽しています。

 また、救急病院でありながら在宅医療に開院当初から取り組み、1990年、訪問看護を専任とする地域医療部を設置しました。昨年10月から在宅担当の内科医が常勤となり、長崎在宅ネットに登録されている開業医の先生方と連携して在宅医療を展開しています。2003年には回復期リハビリ病棟を20床開設し、救急から在宅までの継続したリハビリを充実してきました。昨年9月からはロボットスーツHAL(Hybrid Assistive Limb)を導入し、脳卒中後の片麻痺患者さんに利用し、新たな手段として活用しています。月1回長崎北病院で開催される研究会にも参加し、他病院と共に学んでいます。

 当院には勉強会や研究会を開くスペースがありませんでしたが、新築移転用地の契約がようやく成立しました。敷地面積は、現在の二倍を超えます。ただ、建物だけではなく、医師不足、看護師不足も悩ましい問題です。特に医師が平均年齢50歳と高齢化しています。若い戦力ある医師が入職後定着してくれるように子育て中の医師が働き易いフレキシブルな勤務体系とし、女医だけでなく男性にも同様に対応して労働条件を良くしています。更に2008年に保育所を併設しました。院内勉強会は動画をyoutubeにアップし、出席できない主婦層が空いた時間帯にスマホやパソコンで自宅でも受講できるように配慮し、共働きしやすい環境作りを目指しています。昨年11月から長崎市医師会に入会し、今まで以上に近隣の病院、施設と連携をとりながら長崎市北部~西彼杵郡の地域医療に微力ながら貢献したいと思います。

医療法人徳洲会長崎北徳洲会病院副院長・脳神経外科  鬼塚正成

2015年3月20日 (金)

剣道における脳震盪

昨年フィギュアスケート羽生選手が転倒して頭部打撲後に競技をした件で話題になった脳震盪ですが、ラグビー、サッカーと各競技団体のHPに復帰プログラムがあります。剣道に関しては神奈川県剣道連盟のHPにまとまって掲載されていましたので紹介します。剣道の場合、基本的には防具で守られているのですが後方に転倒して面がない後頭部を打撲することが時にあります。脳神経外科外来に来られる方がいらっしゃいますので参考までに。 http://kanagawa-kenren.com/archives/2159.html

全日本剣道連盟HPにも詳しく解説が出ています。http://www.kendo.or.jp/kendo/medicine/concussion-cervical.html

2014年11月27日 (木)

脳神経外科領域の画像・治療

看護師向け講義、今年3回目です。今回は画像と治療について語っていますが当院で行う治療が主です。少し難しいという感想を貰いましたが。。

https://www.youtube.com/watch?v=0FO_7vVcrG0&feature=youtu.be

2014年11月14日 (金)

注意すべき脳神経疾患

10月 当院看護師向け講義分を動画にアップしました。今回は症候学的なお話で、頭痛、めまい、しびれについて鑑別疾患を踏まえて外来、病棟看護師向けに私見を述べています。
https://www.youtube.com/watch?v=mlFr3z8ccmQ&feature=youtu.be

長崎北高創立50周年記念誌 18回生寄稿

同級生にもらった元気と心の支え

北高50周年おめでとうございます。我々18回生は高校2年の7月23日、長崎大水害を経験しました。部活帰りに松山町で遭遇した私は家の下を流れる川が氾濫して橋が渡れず、商店街のケーキ屋さんで一泊し翌朝帰宅しました。停電、停水が一週間続き、全国から支援物資が届きました。一週間後に福岡市内で玉竜旗剣道大会が予定されており多くの高校は出場辞退しましたが、顧問の香田郡秀先生(現筑波大学教授)にお願いして車2台で8時間かけて一般道を通り出場しました。東北大震災の際、津波の被害をTVでみた際、長崎大水害の記憶が呼び覚まされました。高2に受けた支援を今度は東北の方に少しでも、という思いもあり宮城県内での支援活動に3年前参加しました。

昭和50年代後半、各都道府県に医大が設置され、新聞各紙は将来医師過剰時代が到来すると記事を書き、医学部離れの傾向が出ました。私もこの噂に随分迷わされましたが、心の支えになったのは同級生の原君でした。彼は柔道部、稽古帰りにちんば坂を下りながら将来医師になりたいことを話し励ましあっていましたが、消化管にできた肉腫で闘病生活を大学病院で送り、病床で卒業を迎えました。現役で医学部に落ちた報告に行った際、原君から自分の分も頑張って欲しい、自分は外科医になりたかったと言われたのを覚えています。現在、長崎市内の救急病院で脳外科医として勤務している私にとって原君との約束は今でも忘れることは出来ません。

今年8月に18回生は30周年記念同窓会を開催するにあたり幹事会が先月ありました。高校時代11クラスあれば一言も話をしたことがなかったのに同窓会になると気軽に話が出来るから不思議です。懇親会で大水害の話題にはどうしても触れてしまいますが、各人が卒後のことを語り始めました。大学卒後、転々と職を変えて今は事務所を構えている人。卒後、愛知で水害に遭い、長崎に戻り専門学校の事務長をしている人。高校時代の活動からはとても想像できなかったのに今では議員活動をしている2人。北高にSECOMが入るきっかけを作った人も今では立派な社会人。根っからのバイク好きで今は単身赴任、中国でバイクを製造している人。某企業で兵器を作っている人。介護保険がスタート時ケアマネージャーへ転職した人。世界一周旅行後に父の会社を継ぐ為に長崎に戻ってきた人。転勤が多い銀行員、単身赴任で支店長。同級生のその後を聞いて、元気を貰いました。

マスコミの未来予想図ほどいい加減なものはありません。大水害や震災で方向性が変わることだってあるでしょう。要は自分が将来何をしたいか目標を決めて一途に努力するしかないんでしょうね。高校時代は想像すら出来なかった世界に30年後はいるかもしれませんが。18回生から現役北高生にエールを送ります。

18回生 鬼塚正成

 

2014年5月29日 (木)

アルコール依存症ではなく使用障害へ

アルコール依存症がアルコール使用障害へ、これは何か違和感を感じますが慣れないといけません。精神分裂病が統合失調症に変更されたように決まったことはそれとして今日からカルテ記載時に気を付けます。

 ■変わる主な病名や用語の一覧(日本精神神経学会による)

アルコール依存症         → アルコール使用障害

性同一性障害           → 性別違和

神経性無食欲症(拒食症)     → 神経性やせ症

解離性同一性障害(多重人格)   → 解離性同一症

注意欠如・多動性障害(ADHD) → 注意欠如・多動症

アスペルガー症候群、自閉症    → 自閉スペクトラム症

言語障害             → 言語症

 ■新しい病気

・カフェイン使用障害

・インターネットゲーム障害

心の病の名称や用語について、日本精神神経学会が新しい指針を作り、28日公表した。「アルコール依存症」を「アルコール使用障害」などに変更した。学会は今後、全国の診療現場で使うように呼びかける。

 国内でも広く使われている、米国精神医学会の診断手引「DSM―5」が昨年5月に改訂された。様々な訳語が出て混乱しないように、関連学会が共同で名称を検討した。

 「性同一性障害」は本人が実感として感じる「性別違和」。「神経性無食欲症」は食欲がないわけではなく、やせたいという願望があるので、「神経性やせ症」に変えた。子どもの時期に多い病気を中心に、「障害」という言葉を使うのを減らした。(桜井林太郎)

朝日新聞  2014年5月29日(木) 配信

2014年1月20日 (月)

脳外科でよく使う内服薬

当院採用の内服薬で脳外科でよく処方するを看護師さん向けに40分間で講義した1/15/2014分を総務の宮崎さんがyoutubeにアップしてくれました。ありがとうございます。当日勤務、都合で聴けなかった看護師さんの役に立ってくれたら幸いです。

http://www.youtube.com/watch?v=btf2A-ou9kI

2014年1月 3日 (金)

認知症を考える2014年初頭に

自分の親が認知症、徘徊で警察から夜に呼び出される体験をすると、少し家族の気持ちが理解できるようになりました。認知症勉強会も長崎市北部でスタートした2013年。Levy小体型認知症の診断って難しいな~と思っていましたが、その目で診るとLevyを見逃していたことに気付き、アリセプトOD3㎎から開始して効果ある症例を経験、少し分かってきた感があります。それでも認知症は診断できても、家族と相談していい方向へのベクトルを付けるだけで精一杯です。勤務医としては家庭医である開業医との連携に頼ります。

今月にはケアマネージャー、行政の担当者、歯科医を呼んでの勉強会から開始します。脳外科医、神経内科医、精神科医が認知症は専門と勘違いしている方が多いかもしれませんが、現実は違うように思います。私にとって認知症は出来れば避けたい分野だったかもしれません。脳外科医、救急医としての活動も去ることながら認知症との関わりも深めていきたいな~と2014年初頭に思うのでした。

2013年12月18日 (水)

徳洲会事件について一職員が思うこと

 9月から選挙違反から幹部、前理事長家族の逮捕、猪瀬知事への献金問題で連日マスコミに徳洲会という名が連呼されています。そんな中、当院では入院患者数が減ることもなく事件前と変わらぬ診療体勢が継続出来ていることは不思議というか、患者さんに感謝すべきことで毎日嬉しく噛みしめて診療しています。

 次女さんが罪を認め、連座制が適応されて早期解決に向かうか?と期待しましたがそうではないようです。前徳田虎雄理事長が全国に病院を作っていく時代、代議士になった方がうまく事は進む、それはあったと思います。次男の毅議員が後継者として代議士になる意義が薄れ、更に応援に行く職員の中にも毅議員に対しての尊敬の念、選挙応援をする理由づけに疑問が生じていたように中から見て思いました。今回の事件は前能宗事務総長を解雇したことにより、内部告発がなされたことに端を発します。大手企業であれば、不祥事があったにせよ秘密を全て知っている側近は解雇せず、左遷という形をとってグループ内に置いておくのが常識でしょう。しかし、それをしなかった。ALS発症後、家族の権力が強くなり、家族が能宗さんを排除しようとした、そこから歯車が狂いだし事件化されていきます。徳洲会が放逐した能宗氏が書いた文章があります。http://www.tokushukai.or.jp/media/chokugen734.html

ALSになってから前理事長のカリスマ性は更に増し、鳩山元首相が沖縄基地移設の候補地で徳之島が上がった際、病室を訪問されたりもしました。本来ならば目の追視のみでコミュニケーションをとるレベルの病人が依然として最高指導者であり、取り巻きが家族を優遇、政治色は相変わらず前理事長の指令でお金をつぎ込んだ、それに意見を述べることも許されない、異常な雰囲気があったと(徳洲会に入職して3年2カ月しか過ぎていませんが)想像します。

 私は毎月、近くの公民館で講演活動をしています。徳洲会事件についてスライド1枚を作り必ずお詫び、医療専心、徳洲会が生まれ変わるチャンスと発言しています。鈴木新理事長の下、今までの徳田家中心の政治と深い関係を持った組織が刷新され、徳洲会がうたう、命は平等だ!の理念の下、救急医療、過疎地の医療、海外での医療支援活動等、医療活動に特化した医療法人に生まれ変わることを願ってやみません。これは日々真面目に仕事に励む、多くの徳洲会グループ職員が望んでいることですし、良心的に徳洲会を考えて頂ける外部の方も同じ想いではないでしょうか。

来年はきっと徳洲会が、また一員の長崎北徳洲会病院にとってもいい年になることを例年以上に望んで今年最後のブログといたします。

I wish you a Merry Christamas and a happy new year!

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