2016年2月23日 (火)

悲素 arsenic trioxide 帚木蓬生

和歌山カレー事件の捜査に協力した井上尚英医師から資料を見せてもらった筆者が井上医師を沢井、林 被告が小林と名前を少し変えてはいますがノンフィクションに近いです。というか、ほぼノンフィクソンなんでしょう。衛生学教授が主人公で神経所見や同じことの繰り返しがありますが、そこは飛ばして読んでもいいでしょう。事件発生から公判、判決後と一医師の立場から書いてあります。それにしても林 死刑囚の用意周到の保険金目当ての犯罪、凄過ぎます。カレー事件の動機が今一つピンと来なかったのですが、この本を読んでもなおすっきりしない点は残ります。和歌山の事件があった地域ではまだカレーライスが給食に出ることはないと聞きます、事件の爪痕はいまだに大きいのですね。

http://www.excite.co.jp/News/column_g/20150905/Postseven_346902.html

2016年2月17日 (水)

院内災害発生時への対応

これは随分前の記事になります。

長崎北徳洲会病院の鬼塚正成・脳神経外科部長は、院内で災害が発生したときに、速やかに患者さんを避難誘導するため、TMAT(徳洲会医療救援隊)のベーシックコースを受講するように提言している。

きっかけは10月12日に同院2階の空調機械室でボヤ騒ぎがあったことによる。原因はICU(集中治療室)の空調を行うヒーターの回路からの漏電だった。ボヤは職員によってすぐに消し止められたが、防火扉を閉めたにもかかわらず、2階の病棟では焦げ臭さが漂っていた。ボヤの発生から間もなく、院内に災害が起きていることを知らせる“暗号”放送で、2階病棟に集まった鬼塚部長や職員らは、同じフロアにある臭いのしない作業療法室に、入院患者さんを移動させた。「20人の患者さんを、20人余りの職員で、移動させました。万が一、有毒ガスが発生していて、患者さんが気管支炎にでもなったら大変だと考えたからです」と鬼塚部長。

患者さんの移動は、車いすを使用したり、職員が抱えたりして行ったが、要した時間はわずか5分だった。スムーズに避難誘導できたのは、暗号による院内放送により、職員らが速やかに2階フロアに集合し、マンパワーがそろっていたことと、「長崎大水害のとき、患者さんを避難誘導した経験が生きました」と鬼塚部長は分析する。

そして何よりも、昨年10月に同院で開かれたTMATのベーシックコースを受講した職員らが、リーダーの役割を果たし、的確に指示を出したことが奏功した。鬼塚部長は、「昨年の東日本大震災のとき、私と職員も救援に駆けつけました。そのとき、現地の中学生が先頭に立って、救援活動にあたったという話をTMAT事務局から聞き、大変感銘を受けました。そこで、私たちも訓練の必要性を痛感したのです」と、受講理由を明かす。

2階病棟の患者さんを避難誘導した後は、3階、4階病棟の患者さん80人余に、“バケツ・リレー”で昼食を運んだ。これはエレベータを止めていたためで、階段に職員を配置し、食事のトレイを受け渡しして行った。「食事をとることにより、患者さんに安心してもらおうと考えました。リレーは順調にいき、通常と変わらない時間に昼食をとってもらうことができました」(鬼塚部長)。鬼塚部長は今回のボヤから得た教訓として、「昼間だったから、まだよかった。これが夜間だと職員も少なく、大変です。今後は、携帯メールで当院近くに住む職員を呼び出したり、避難ルートの再検討などを行ったりしていきたいと考えています」と余念がない。リレー方式で患者さんに食事を運ぶ、写真は右から2人目が鬼塚部長(再現)

http://www.tokushukai.or.jp/media/news/shinbun856.html

『徳洲新聞』を携え企業回り 

長崎北徳洲会病院は主に健康診断の説明のため、長崎市内の企業や団体を訪問している。訪問歴のある企業以外にも飛び込みで説明を行う時もある。その際、『徳洲新聞』と同院発行の広報誌を必ず携えている。

医療機関への訪問は診療情報提供書などがある場合、可能な限り直接持参する。ここでも『徳洲新聞』と広報誌を届けるが、訪問できなかったところには『徳洲新聞』と広報誌を毎月郵送し、関係性の持続に努めている。

消防署への訪問は毎月欠かさない。近隣に4カ所の消防出張所があり、消防署本部も折を見て訪問。『徳洲新聞』と広報誌に加え、翌月の外来予定表を届けている。夜間の診療体制(特に外科系)や空床状況なども、救急隊に伝えている。医療講演は院内講演を月2回実施。院外講演は主に公民館からの依頼に対応している。写真は鬼塚正成・脳神経外科部長の医療講演。http://www.tokushukai.or.jp/media/news/shinbun932.html

 

 

 

2016年2月15日 (月)

歯科衛生士が口腔ケア 県歯科医師会と連携

 長崎北徳洲会病院は歯科衛生士による口腔ケアを開始した。対象は肺炎リスクの高い入院患者さん。誤嚥性を含む肺炎予防の充実が狙い。

 口腔ケアは週に1回実施。NST(栄養サポートチーム)回診時に医師と言語聴覚士(ST)が各病棟で肺炎リスクの高い患者さんをあらかじめ選定し、長崎県歯科医師会の協力の下、ベテラン2人の歯科衛生士が来院して行う。歯磨きをはじめ口腔内の清潔を保持したり、口の周囲の筋肉を刺激することで唾液を分泌し乾燥を予防したりするなど、患者さん一人ひとりに時間をかけて行うため、1回につきケアを実施できるのは1012人。

「以前から口腔ケアは実施していたのですが、看護師とSTが行っていました。肺炎による容体急変や死亡退院をさらに減らすには、専門家の協力がより必要と考え、長崎県歯科医師会と連携を図るようになりました」(鬼塚正成)

 取り組み始めてからは、肺炎にかかりがりな患者さんや、かかる可能性が高い患者さんが実際にはかからずにすんでいるという。鬼塚も「まだ開始したばかりでデータと呼べるものはありませんが、効果があると感じています」と手応えを示す。

 今後はできるだけ多くの患者さんが口腔ケアを受けられる体制づくりを検討していくという。「マンパワーに限りがあるので、簡単には増やせないと思いますが、ひとりでも多くの患者さんに提供できるようにしたい。連携先の診療所との調整も含め考えていきたいと思います」と鬼塚は意欲的だ。

徳洲新聞平成2821日 No.1016より 

http://portal.tokushukai-contact.jp/media/news/shinbun1016.html

2016年2月13日 (土)

アメリカで外科開業 -小自分史 昭和41年卒 若松忠家先生

米国滞在中の恩人で、Wilmingtonの若松家によくお邪魔してお世話になっていました。開業時点からの随筆を一部紹介します。

~Wilmington(Delaware州)に帰って、General Surgery and Surgical Endoscopyで開業した。誰かの跡を継いだのではなく、新規の開業だったので、ERや、家庭医からの救急の紹介が多くavailabilityが勝負であった。初めの二年は一日も休暇は取らなかった。アメリカで外科を開業するのに、大きな資金は要らない。Procedureは契約した病院に連れて行ってそこの施設やstaffを使ってするので、自分のofficeでは、術前術後の患者さんを診るための小さなspaceに、full timeのsecretaryとpart timeのnurseを雇い数脚の椅子と机、電話、computer、それに一、二台の寝台があれば事足りる。後は種々の手続きのための手数料以外は、一切金は要らない。二、三をあげると、小生のようなforeign medical school graduateは、ECFMGのほかに、アメリカの学生が受ける卒業試験/国家試験に相当するFLEXという試験を受けて通らなければ開業できない。大学病院などに勤務する場合は、ECFMGだけでよい場合が多いと言われる。患者さんに入院して貰って手術となると、検査、X線、手術室、麻酔などで働く、病院が雇っている看護婦やresidentを使わしてもらうための契約が要る。これに二年おきに再契約される。この再契約にあたっては、AMA(米国医学会)が認めた卒後教育40単位以上が必要とされる。外科医の収入は手技料だけ。入院料(hotel代)、検査代、看護代、薬代などは病院の収入になる。日本と同じで殆どの患者さんは何らかの保険を持っている。そうでないと一挙に破産となる。
不必要な手術をしたりすると、conferenceで叩かれ、第一保険屋が金を払ってくれないのは、多分日本と同じでしょう。アメリカでは、弁護士の眼。彼らは度の強い眼鏡をかけ、何事もすかして見れる、千里眼を持っている。医者、特に外科医は真剣である。それでも万が一に備え医療過誤保険に高い金を払わされている。実を言うとこれが一番の出費であった。年表を簡明に記す。1971 straight surgical intern、1974-5 chief surgical resident、1975-76 surgical endoscopy fellow under Dr.H. Shinya. 1976-2012 private practice in GS and surgical endoscopy.

こうして書き上げてみると、小生の来しかたが如何に多くの皆さんのご親切やお力添えがあってのことだったかと、改めて感謝いたします。多忙にかまけて家庭を顧みる事のなかった小生をよく励まし忠告し勇気づけてくれ、3人の子供達を育て上げてくれた妻に大いに感謝している。

長崎医学同窓会 朋百(Pompe) vol.137. 2016 p36~38 ~開業の時点p37後半から一部を紹介

2015年7月31日 (金)

急性期脳卒中患者に対する発症直後からの経口摂取訓練

7/30 時津カナリーホールで長崎市北部 嚥下障害・口腔ケア関連講演会を開催しました。

講演Ⅰ 地域の歯科と連携した外科周術期口腔ケア:外来初診時から、切れ目なく。

国立病院機構長崎医療センター外科医長 谷口 堅 先生

座長 鬼塚正成

講演Ⅱ 口から食べることと胃瘻・誤嚥性肺炎について

産業医科大学 リハビリテーション医学 講師 高畠英昭 先生

座長 道ノ尾病院 副院長 芹田 巧 先生

高畠先生が発表で冒頭に使われた動画を紹介します。

 嚥下障害_急性期脳卒中患者に対する発症直後からの経口摂取訓練 高畠英昭

Dysphagia_Interventions to promote oral feeding in acute stroke patients.

https://www.youtube.com/watch?v=nSJedii1yRg

2015年6月15日 (月)

神経救急に力注ぐ

徳洲新聞平成27年6月15日 月曜日 No.984 より

長崎北徳洲会病院の昨年4月から今年3月までの救急車取扱件数が1149件。脳神経疾患の割合が高く、脳卒中専門医が当直でない時でもモバイル端末のiPadによる画像転送システムを活用している。

五島列島の病院で指導

今年に入り、脳梗塞患者さんに対しtPA血栓溶解療法(脳梗塞になった脳細胞が完全に死滅する前に、できる限り早く血流を再開して少しでも脳細胞を救う療法)を施行。出血性脳梗塞を来した例もあるが、多くで再開通が得られた。鬼塚は「劇的に症状が改善する夢のような治療でもありますが脳出血の危険性を伴っており、担当スタッフには十分な教育を受けてもらう必要があります」と話す。済生会長崎病院が主導している長崎ISLS(神経救急のコース)を長崎北のスタッフが積極的に受講し、同時に指導する側としても常時参加。長崎北は、五島列島にある上五島病院、五島中央病院に、済生会病院と一緒に2年前から足を運び、ISLSの指導にあたっている。

上五島では昨年、ISLS受講後にtPA症例が3例あった。「脳神経外科医や神経内科医の専門医がいない離島でも、本土と同様の脳卒中救急が出来るように、これからも離島での活動は続けます」(鬼塚)

職員に教育が十分に行きわたらないと、高いレベルの医療を提供できない。院内の勉強会の動画を「Youtube」にアップし、スマ-トフォンやパソコンで自宅でも受講できるように配慮しているという。

精神科領域の救急も

「すべのスタッフと情報を共有し、協働しやすい環境づくりを目指しています。精神科・脳卒中科・総合内科・外科がコラボレートした老年医療が売りの当院にとって、精神科領域の救急医療も特徴になっています。」(鬼塚)

課題は、精神科のマンパワー不足。高齢化社会となり認知症患者さんに対応する機会が増えており、精神科医の役割は今まで以上に増している。

認知症の診断、治療には苦慮することも多く、長崎市北部認知症研究会にも毎回参加して情報交換を行い、他科の医師でも認知症に対応出来るように研鑽を重ねている。

脳卒中の救急と両輪でリハビリを充実させる必要があり、昨年9月から身体機能の拡張・増幅を目的として開発されたロボットスーツHALを導入。脳卒中後の片麻痺患者さんに利用し、新たな手段として活用している。40歳代の脳出血を起こした男性は、このHALを使って社会復帰を果たした。

この男性は、「下肢の麻痺が後遺症となり、職を失いました。リハビリ室で重度の麻痺がある60歳代の女性がHALを着けて頑張っているのを見て、私も挑戦しました。杖なしでの歩行後、正規雇用で採用してもらうことができ、スタッフの皆さんに感謝しています」。

長崎北徳洲会では月に1回、長崎HAL研究会に参加し、他病院と共にHALの活用方法などを学んでいる。

「昨年11月に長崎市医師会に入会し、今まで以上に近隣の病院・施設と連携を取りながら、長崎市北部から西彼杵郡までの脳卒中救急医療に微力ながら貢献したいと思います」と、鬼塚は熱い思いを語っている。

http://portal.tokushukai-contact.jp/media/news/shinbun984.html

2015年5月13日 (水)

元気です!My病院 長崎保険医新聞2015.5.10発行

 長崎北徳洲会病院は閉鎖されていた病院を買い取り、1986年11月に108床の救急病院としてスタートしました。昨年4月から今年3月までの1年間で救急車取扱件数が1149件、平均在院日数は17.9日です。内科系と外科系当直を常時1名ずつの2名当直体制、24時間画像診断、検査が出来る体制を整えています。特に脳神経疾患は多く、脳梗塞急性期のtPA血栓溶解や血栓粉砕療法が迅速に行えるように、脳卒中専門医が当直でない時でもiPadによる画像転送システムを活用しています。長崎済生会病院に事務局があり主導されている長崎ISLS(神経救急のコース)はスタッフに積極的に受講してもらい、同時に指導する側としても常時参加し、上五島病院、五島中央病院にも済生会と一緒に2年前から足を運んでいます。

 精神科領域救急医療も当院の特徴です。立石先生はポールマッカートニーと同じ年で現在でも診療されていますが、後継者となる医師がいません。これは精神科・脳卒中科・総合内科・外科がコラボした老年医療が売りの当院にとっては切実な問題です。特に高齢化社会において認知症患者に対応する機会が増えており、精神科医の役割は今まで以上に増しています。認知症の診断、治療には苦慮することも多く、道ノ尾病院が主宰される長崎市北部認知症研究会にも毎回参加して情報交換を行い、他科の医師でも認知症に対応出来るように研鑽しています。

 また、救急病院でありながら在宅医療に開院当初から取り組み、1990年、訪問看護を専任とする地域医療部を設置しました。昨年10月から在宅担当の内科医が常勤となり、長崎在宅ネットに登録されている開業医の先生方と連携して在宅医療を展開しています。2003年には回復期リハビリ病棟を20床開設し、救急から在宅までの継続したリハビリを充実してきました。昨年9月からはロボットスーツHAL(Hybrid Assistive Limb)を導入し、脳卒中後の片麻痺患者さんに利用し、新たな手段として活用しています。月1回長崎北病院で開催される研究会にも参加し、他病院と共に学んでいます。

 当院には勉強会や研究会を開くスペースがありませんでしたが、新築移転用地の契約がようやく成立しました。敷地面積は、現在の二倍を超えます。ただ、建物だけではなく、医師不足、看護師不足も悩ましい問題です。特に医師が平均年齢50歳と高齢化しています。若い戦力ある医師が入職後定着してくれるように子育て中の医師が働き易いフレキシブルな勤務体系とし、女医だけでなく男性にも同様に対応して労働条件を良くしています。更に2008年に保育所を併設しました。院内勉強会は動画をyoutubeにアップし、出席できない主婦層が空いた時間帯にスマホやパソコンで自宅でも受講できるように配慮し、共働きしやすい環境作りを目指しています。昨年11月から長崎市医師会に入会し、今まで以上に近隣の病院、施設と連携をとりながら長崎市北部~西彼杵郡の地域医療に微力ながら貢献したいと思います。

医療法人徳洲会長崎北徳洲会病院副院長・脳神経外科  鬼塚正成

2015年3月20日 (金)

剣道における脳震盪

昨年フィギュアスケート羽生選手が転倒して頭部打撲後に競技をした件で話題になった脳震盪ですが、ラグビー、サッカーと各競技団体のHPに復帰プログラムがあります。剣道に関しては神奈川県剣道連盟のHPにまとまって掲載されていましたので紹介します。剣道の場合、基本的には防具で守られているのですが後方に転倒して面がない後頭部を打撲することが時にあります。脳神経外科外来に来られる方がいらっしゃいますので参考までに。 http://kanagawa-kenren.com/archives/2159.html

全日本剣道連盟HPにも詳しく解説が出ています。http://www.kendo.or.jp/kendo/medicine/concussion-cervical.html

2014年11月27日 (木)

脳神経外科領域の画像・治療

看護師向け講義、今年3回目です。今回は画像と治療について語っていますが当院で行う治療が主です。少し難しいという感想を貰いましたが。。

https://www.youtube.com/watch?v=0FO_7vVcrG0&feature=youtu.be

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