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2016年4月 7日 (木)

みどりの風 三軒茶屋二コ

みどりの風 作者=三軒茶屋二コ

 不慮の事故から二ヵ月半。ようやく心身に落ち着きも出て、ベッドから起き出し庭内のそぞろ歩きなど自分のペースづくりの躍起。

事故?と逃げ言葉を使いましたが、昨年暮れ、友人と飲酒後、自宅近くで倒れ、救急車で長崎市内のT病院に搬送されました。

 マックス150Km級の重い速球を後頭部に受けたような痛みでこん倒。意識が薄くなり記憶もそのままプッツリ。

 急性硬膜下血腫・脳挫傷。約二週間後、病院のベッドになぜいるのかわからないまま。「何か大変なことをやらかしましたな」と直感。

 その間、暮れとお正月の迎春ムードも吹っ飛び、家人をはじめ家族、親族を含め右往左往する間も、眠り続けていたようで….

 じくじたる殊勝な思いなんぞ、恥ずかしくて言えたものではございません。

 今だに混乱と記憶の不透明さはもどっておりません。思いつくままを筆にしたい、と。

  後頭部にソフトボール並みの大きなコブ。これを治し、脳内への血液の流れ込み、逆流を防止しながら体外に排除する治療に当たっていただいたのがT病院のO医師とそのスタッフ。

 看護師それにリハビリ陣も加わって生命の賛歌のオーケストラの大熱唱で一命をとりとめた筆者。運が良かったと月並みなことを言うより医師陣の総力戦にただただ頭を垂れるのみです。

 入院中、ふと死の渕から生還と自らつぶやきも出る。それは限りなき天へのうやまい、神のおぼし召しか。お仏さまのご慈悲で救われたのか。混とんとした思考力のないなかで必死に思い続けました。

 神さま、お仏さまでなく、ご先祖さまのご直愛。ご先祖さまにも迷惑をおかけしたが、よりによって酒を飲んで倒れ死ぬとはご立腹し「これだけは家門の恥」とばかり、総力あげて、現世にカムバックさせられたのか、ようとしてわかりません。

 現実的には前述したO医師らのすばらしく献身的な治療が正鵠(せいこく)を得ていると確信します。

 そう、夢でみた菩提寺、西海市にある実相寺のご住職のトレードマーク・丸坊主とけさをまとった上半身の似顔絵で「人とのつながりが寿命をのばす」の名説法も説得力を持って迫ってきます。

~中略~

 退院の日、O医師に「これまで恩人と言う人はいませんでしたが、初めて恩人ができました」。これが唯一のお礼の言葉でした。

万感の意を込めた感謝のそれです。

 O医師は「他の患者さんと比べ何というか、気合いがありましたネ」という言葉を微笑とともにいただいた。

 気合い。そうです。その心意気が運命を左右する一言かも。医師の気骨もかいま見た思いです。

難病、不治の病と闘病中の人たちに医師の励ましを贈ります。

「気合いの心意気で頑張ってください」と。

医師は世の中のお宝。志宝です。改めてO医師へのお礼にかえます。

 JA島原雲仙 こぶれNo.181 平成2841日発行

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