« 2015年7月 | メイン | 2016年4月 »

2016年2月

2016年2月23日 (火)

五島列島 t-PA投与件数増

脳卒中教育に成果

長崎北徳洲会病院が2013年から行っている五島列島での取り組みが着実に実を結びつつある。同院の鬼塚正成・副院長兼脳神経外科部長は済生会長崎病院と協力し年2回、島内の上五島病院、五島中央病院、救急隊員らに神経救急の講習会を実施。このなかで脳梗塞患者さんに対するt-PA療法をテーマとする教育も取り入れている。t-PA療法とは薬を用いて血管を詰まらせている血栓を溶かし、血流を再開させる治療法。

とくに離島などの地域では急性期の脳梗塞患者さんが現れた場合、島内でt-PAを投与しながらヘリを待ち、投与後に本土の病院に搬送(DRIP and SHIP)しなければならない。しかし、t-PAは脳出血を起こす危険性があり、島内に脳神経外科や神経内科の専門医がいないことなどから「従来、五島列島ではDRIP and SHIPを諦めていたところがありました」(鬼塚副院長)。

だが、講習会開催により、DRIP and SHIPの症例が増加。とくに昨年は7件にまで増えた(図)。鬼塚副院長によると、五島列島で行ったDRIP and SHIP群と、本土のハブ病院(国立病院機構長崎医療センター)でt-PA投与を行った群とを比較したところ、3カ月後の治療予後は有意差なく変わらないという。

「少しずつですが、当院と済生会病院の教育成果が表れていると思います」と鬼塚副院長。ただし、「症例数が増えたということは、潜在的な患者さんがいる可能性があるということ。一人でも多くの患者さんを助けられるように近隣の医療機関と連携しながらトレーニングを重ねていきたい」と気を引き締めていた。

http://www.tokushukai.or.jp/media/news/shinbun1019.php

2016年脳卒中学会で長崎済生会病院脳神経外科 北川部長が報告されると思います。済生会病院に事務局がある長崎ISLSに長崎北徳洲会病院スタッフも毎回、ファシリテーターとして参加しています。今回は徳洲新聞という徳洲会病院グループ内の新聞の取材を受けて分かる範囲内で報告しました。国立長崎医療センター脳神経外科 日宇 健 先生に資料を一部提供して頂きました。感謝申し上げます。

悲素 arsenic trioxide 帚木蓬生

和歌山カレー事件の捜査に協力した井上尚英医師から資料を見せてもらった筆者が井上医師を沢井、林 被告が小林と名前を少し変えてはいますがノンフィクションに近いです。というか、ほぼノンフィクソンなんでしょう。衛生学教授が主人公で神経所見や同じことの繰り返しがありますが、そこは飛ばして読んでもいいでしょう。事件発生から公判、判決後と一医師の立場から書いてあります。それにしても林 死刑囚の用意周到の保険金目当ての犯罪、凄過ぎます。カレー事件の動機が今一つピンと来なかったのですが、この本を読んでもなおすっきりしない点は残ります。和歌山の事件があった地域ではまだカレーライスが給食に出ることはないと聞きます、事件の爪痕はいまだに大きいのですね。

http://www.excite.co.jp/News/column_g/20150905/Postseven_346902.html

2016年2月17日 (水)

院内災害発生時への対応

これは随分前の記事になります。

長崎北徳洲会病院の鬼塚正成・脳神経外科部長は、院内で災害が発生したときに、速やかに患者さんを避難誘導するため、TMAT(徳洲会医療救援隊)のベーシックコースを受講するように提言している。

きっかけは10月12日に同院2階の空調機械室でボヤ騒ぎがあったことによる。原因はICU(集中治療室)の空調を行うヒーターの回路からの漏電だった。ボヤは職員によってすぐに消し止められたが、防火扉を閉めたにもかかわらず、2階の病棟では焦げ臭さが漂っていた。ボヤの発生から間もなく、院内に災害が起きていることを知らせる“暗号”放送で、2階病棟に集まった鬼塚部長や職員らは、同じフロアにある臭いのしない作業療法室に、入院患者さんを移動させた。「20人の患者さんを、20人余りの職員で、移動させました。万が一、有毒ガスが発生していて、患者さんが気管支炎にでもなったら大変だと考えたからです」と鬼塚部長。

患者さんの移動は、車いすを使用したり、職員が抱えたりして行ったが、要した時間はわずか5分だった。スムーズに避難誘導できたのは、暗号による院内放送により、職員らが速やかに2階フロアに集合し、マンパワーがそろっていたことと、「長崎大水害のとき、患者さんを避難誘導した経験が生きました」と鬼塚部長は分析する。

そして何よりも、昨年10月に同院で開かれたTMATのベーシックコースを受講した職員らが、リーダーの役割を果たし、的確に指示を出したことが奏功した。鬼塚部長は、「昨年の東日本大震災のとき、私と職員も救援に駆けつけました。そのとき、現地の中学生が先頭に立って、救援活動にあたったという話をTMAT事務局から聞き、大変感銘を受けました。そこで、私たちも訓練の必要性を痛感したのです」と、受講理由を明かす。

2階病棟の患者さんを避難誘導した後は、3階、4階病棟の患者さん80人余に、“バケツ・リレー”で昼食を運んだ。これはエレベータを止めていたためで、階段に職員を配置し、食事のトレイを受け渡しして行った。「食事をとることにより、患者さんに安心してもらおうと考えました。リレーは順調にいき、通常と変わらない時間に昼食をとってもらうことができました」(鬼塚部長)。鬼塚部長は今回のボヤから得た教訓として、「昼間だったから、まだよかった。これが夜間だと職員も少なく、大変です。今後は、携帯メールで当院近くに住む職員を呼び出したり、避難ルートの再検討などを行ったりしていきたいと考えています」と余念がない。リレー方式で患者さんに食事を運ぶ、写真は右から2人目が鬼塚部長(再現)

http://www.tokushukai.or.jp/media/news/shinbun856.html

『徳洲新聞』を携え企業回り 

長崎北徳洲会病院は主に健康診断の説明のため、長崎市内の企業や団体を訪問している。訪問歴のある企業以外にも飛び込みで説明を行う時もある。その際、『徳洲新聞』と同院発行の広報誌を必ず携えている。

医療機関への訪問は診療情報提供書などがある場合、可能な限り直接持参する。ここでも『徳洲新聞』と広報誌を届けるが、訪問できなかったところには『徳洲新聞』と広報誌を毎月郵送し、関係性の持続に努めている。

消防署への訪問は毎月欠かさない。近隣に4カ所の消防出張所があり、消防署本部も折を見て訪問。『徳洲新聞』と広報誌に加え、翌月の外来予定表を届けている。夜間の診療体制(特に外科系)や空床状況なども、救急隊に伝えている。医療講演は院内講演を月2回実施。院外講演は主に公民館からの依頼に対応している。写真は鬼塚正成・脳神経外科部長の医療講演。http://www.tokushukai.or.jp/media/news/shinbun932.html

 

 

 

2016年2月15日 (月)

歯科衛生士が口腔ケア 県歯科医師会と連携

 長崎北徳洲会病院は歯科衛生士による口腔ケアを開始した。対象は肺炎リスクの高い入院患者さん。誤嚥性を含む肺炎予防の充実が狙い。

 口腔ケアは週に1回実施。NST(栄養サポートチーム)回診時に医師と言語聴覚士(ST)が各病棟で肺炎リスクの高い患者さんをあらかじめ選定し、長崎県歯科医師会の協力の下、ベテラン2人の歯科衛生士が来院して行う。歯磨きをはじめ口腔内の清潔を保持したり、口の周囲の筋肉を刺激することで唾液を分泌し乾燥を予防したりするなど、患者さん一人ひとりに時間をかけて行うため、1回につきケアを実施できるのは1012人。

「以前から口腔ケアは実施していたのですが、看護師とSTが行っていました。肺炎による容体急変や死亡退院をさらに減らすには、専門家の協力がより必要と考え、長崎県歯科医師会と連携を図るようになりました」(鬼塚正成)

 取り組み始めてからは、肺炎にかかりがりな患者さんや、かかる可能性が高い患者さんが実際にはかからずにすんでいるという。鬼塚も「まだ開始したばかりでデータと呼べるものはありませんが、効果があると感じています」と手応えを示す。

 今後はできるだけ多くの患者さんが口腔ケアを受けられる体制づくりを検討していくという。「マンパワーに限りがあるので、簡単には増やせないと思いますが、ひとりでも多くの患者さんに提供できるようにしたい。連携先の診療所との調整も含め考えていきたいと思います」と鬼塚は意欲的だ。

徳洲新聞平成2821日 No.1016より 

http://portal.tokushukai-contact.jp/media/news/shinbun1016.html

2016年2月13日 (土)

アメリカで外科開業 -小自分史 昭和41年卒 若松忠家先生

米国滞在中の恩人で、Wilmingtonの若松家によくお邪魔してお世話になっていました。開業時点からの随筆を一部紹介します。

~Wilmington(Delaware州)に帰って、General Surgery and Surgical Endoscopyで開業した。誰かの跡を継いだのではなく、新規の開業だったので、ERや、家庭医からの救急の紹介が多くavailabilityが勝負であった。初めの二年は一日も休暇は取らなかった。アメリカで外科を開業するのに、大きな資金は要らない。Procedureは契約した病院に連れて行ってそこの施設やstaffを使ってするので、自分のofficeでは、術前術後の患者さんを診るための小さなspaceに、full timeのsecretaryとpart timeのnurseを雇い数脚の椅子と机、電話、computer、それに一、二台の寝台があれば事足りる。後は種々の手続きのための手数料以外は、一切金は要らない。二、三をあげると、小生のようなforeign medical school graduateは、ECFMGのほかに、アメリカの学生が受ける卒業試験/国家試験に相当するFLEXという試験を受けて通らなければ開業できない。大学病院などに勤務する場合は、ECFMGだけでよい場合が多いと言われる。患者さんに入院して貰って手術となると、検査、X線、手術室、麻酔などで働く、病院が雇っている看護婦やresidentを使わしてもらうための契約が要る。これに二年おきに再契約される。この再契約にあたっては、AMA(米国医学会)が認めた卒後教育40単位以上が必要とされる。外科医の収入は手技料だけ。入院料(hotel代)、検査代、看護代、薬代などは病院の収入になる。日本と同じで殆どの患者さんは何らかの保険を持っている。そうでないと一挙に破産となる。
不必要な手術をしたりすると、conferenceで叩かれ、第一保険屋が金を払ってくれないのは、多分日本と同じでしょう。アメリカでは、弁護士の眼。彼らは度の強い眼鏡をかけ、何事もすかして見れる、千里眼を持っている。医者、特に外科医は真剣である。それでも万が一に備え医療過誤保険に高い金を払わされている。実を言うとこれが一番の出費であった。年表を簡明に記す。1971 straight surgical intern、1974-5 chief surgical resident、1975-76 surgical endoscopy fellow under Dr.H. Shinya. 1976-2012 private practice in GS and surgical endoscopy.

こうして書き上げてみると、小生の来しかたが如何に多くの皆さんのご親切やお力添えがあってのことだったかと、改めて感謝いたします。多忙にかまけて家庭を顧みる事のなかった小生をよく励まし忠告し勇気づけてくれ、3人の子供達を育て上げてくれた妻に大いに感謝している。

長崎医学同窓会 朋百(Pompe) vol.137. 2016 p36~38 ~開業の時点p37後半から一部を紹介

Powered by Six Apart