« 2011年10月 | メイン | 2011年12月 »

2011年11月

2011年11月30日 (水)

健康講座@長与町高田地区公民館

長崎県西彼杵郡長与町高田地区公民館にて健康講座をしました。管理栄養士からの話、5分休憩を入れて私が食の安全、食事、運動、睡眠から最後に脳卒中の話をして計1時間半、その後質疑応答です。21名の参加でしたが活発な質問が相次ぎました。

話を聴いた後、部屋の外に出るとあくびをしてしまい申し訳ないとの方が居ました。それは講義がおもしろくないwか、休憩時間に部屋の空気を入れ替えてストレッチ体操を入れるなりして工夫を怠った我々の責任です。
CTを2日連続して撮影して被曝は大丈夫?→大丈夫です
乳がん検診について等、予期せぬ質問多数で脇の下に汗かいてました。アンケート結果が楽しみです。

2011年11月26日 (土)

長崎飛翔 片淵 湛(しずか)

 長崎生まれで玄海育ちの著者と学会会場本屋さんの前で会いました。長崎育ちの私から読後の感想を是非聞かせて欲しいというリクエストあり、本購入、サインを頂きました。
脳出血で生死の境をさまよった広島の崩壊家庭の少年は、引退を決めた老医師に連れられて長崎へ旅をすることに。400年前までタイムスリップ、つまり島原の乱より前から現代までの話になるそうです。


 まさか学会に行って過去までタイムスリップするとは思ってもいませんでした。今日から読んで感想を福岡のご自宅まで郵送します。GTワイヤーでも有名なG先生、一線を退かれてから小説を書くなんて、その才能が羨ましいです。
長崎文献社20111120日初版。英語版も検討中とのこと。

2011年11月24日 (木)

首都直下地震では家に帰らない

「条例の趣旨でいちばん大事なのは、思想です。3月11日まで、我われは間違っていた。地震があったら家族が心配だ、帰宅しなければと考えていた。東北では“津波てんでんこ”(めいめい逃げろ)という伝承があるが、首都直下地震の場合は逆です。

 無意味に移動するな、そのためには役所にたよるな、民間企業でも3日分72時間の備蓄をする必要がある。自分のいる場所を中心に生き残りのサバイバルを考えろということだ。自分のいる近くに備蓄がなければ、食料がなければ生き残れない。自分のいる世界、つまりたとえば会社で一日8時間も10時間もいる。その世界を中心にものを考えてみたら、風景は違ってみえるでしょう。これが思想です。この思想を盛り込むことが条例の趣旨です。考え方を変えればよい。安否確認のための電話が通じない、でも通信ではインターネットを含めて連絡のとれるさまざまなネットワークある、帰らなくても連絡がつく。そうすれば、会社に残って、1晩2晩いられる。こういう考え方に転換する、東日本大震災があってはじめてわかったことです」

~国、東京都、さらにコンビニ、電話会社、不動産会社、鉄道会社のほか経団連や商工会議所など官民による「帰宅困難者等対策協議会」(11月22日火曜日開催)で、猪瀬氏は「民間企業に3日分(72時間)の食料や水の備蓄を義務づける条例の制定作業に着手する」と明らかにしました。さらに「周辺の県や政令市にも条例をつくるように働きかける」と。会議後の猪瀬氏のぶらさがり会見から。~

 会議の詳細はブログにて。http://www.inosenaoki.com/

帰宅難民って今年はよく耳にしました。昭和57年長崎大水害時、高校から帰宅途中に水害に遭い、家に帰ろうとすると知合いから泊るように言われて帰宅難民になったことが一度だけあります。確かに都市部では帰宅を諦めた方がいい場合があるんでしょう。ただ食料はなんとかなっても問題は水、トイレです。オフィス街で水洗トイレが止まるとどうするか?野糞という訳にはいかず、水の確保は大問題でしょう、水道がストップした場合。

2011年11月21日 (月)

親の介護しながら仕事を続ける

大学時代の同級生のFacebookより紹介します。

認知症の進んでしまった父の介護を始めて半月が経ちました。仕事以外は、食事と排泄、散歩(徘徊?)のお供のため、時間の余裕はなくなりました。でも不思議なことに心には以前よりも少しだけ穏やかさと思いやりと勇気が生まれた気がしています。震災もそうですが、逆境のなかに身をどっぷり浸けてはじめて学べることがあるんだなあと実感しています。
医師として毎日の診療業務をこなしながらお父さんの介護、それでもこういう心境で居られるっていうのは凄いです、頭が下がります。突然身内が脳卒中をおこして退院前に私の場合自宅で親を介護できないので、介護する意思を患者さんの家族から出されると心情的に応援したくなります。
確かに逆境の中に身を置いて学べることは多いです。
ただ気をつけないといけないのは介護する側の負担が大きくなって苦にならないか?持続できるか?ということです。外来時に介護負担についてはカルテに記載するように心がけています。

2011年11月18日 (金)

プータンの農業発展に貢献した日本人

個人の幸福感を重んじる「国民総幸福(GNH)」で知られるブータンのワンチュク国王が国賓として来日されています。新婚で奥様が綺麗な方でついつい、そっちに目が行ってしまいますが、プータン人の中で一番有名な日本人、西岡氏のことは恥ずかしながら知りませんでした。 http://www.ifsa.jp/index.php?kiji-sekai-nishioka.htm

2011年11月17日 (木)

「性介護士」、障害者介護における論争

チューリヒ/スイス【1115 AFP】スイス人男性のジャック・アルノーさんはこの数年間、身体に障害がある人たちが少々の優しさと性的なケアを受ける権利に応える仕事をしてきた。しかし、多くの人たちの目には「性介護士」という彼の仕事が、医療福祉と売春の間のきわどい一線にあるように映る。

性介護士(セクシュアル・アシスタント)という仕事
50
歳で妻と3人の子どもを持つアルノーさんは、スイスの性介護士の中でも珍しく、自分の仕事についてオープンに語っている1人だ。性介護士が法的資格となって8年以上が経過したスイスでさえ、いまだこの話題はタブーだ。
理学療法士の資格を持ち、泌尿器と女性生殖器に関する専門家であるアルノーさんは、誤解されることが多い障害者への性介護について「このテーマに関しては依然、多くの啓蒙活動が必要だ」と言う。「障害のある人たちも同じ人間。夢や期待もあれば、欲望やフラストレーションだってある」。性介護士という仕事はそうしたニーズに応え、ともすれば障害のために性に積極的になるチャンスがほとんどないかもしれない人たちが、そうでない人たちと同様に人間としての性を感じる機会を提供している。

 障害があるクライアントに、どのように触れたり触れられたりすれば良いかを伝える場合もあれば、オルガスムに達する介助を行う場合もある。すべての場合で、通常は事前にサービスを受ける障害者のニーズと、身体的に可能なことは何かを長時間かけて評価してからサービスを開始する。

性介護士(セクシュアル・アシスタント)という仕事
50
歳で妻と3人の子どもを持つアルノーさんは、スイスの性介護士の中でも珍しく、自分の仕事についてオープンに語っている1人だ。性介護士が法的資格となって8年以上が経過したスイスでさえ、いまだこの話題はタブーだ。

 理学療法士の資格を持ち、泌尿器と女性生殖器に関する専門家であるアルノーさんは、誤解されることが多い障害者への性介護について「このテーマに関しては依然、多くの啓蒙活動が必要だ」と言う。「障害のある人たちも同じ人間。夢や期待もあれば、欲望やフラストレーションだってある」。性介護士という仕事はそうしたニーズに応え、ともすれば障害のために性に積極的になるチャンスがほとんどないかもしれない人たちが、そうでない人たちと同様に人間としての性を感じる機会を提供している。
 障害があるクライアントに、どのように触れたり触れられたりすれば良いかを伝える場合もあれば、オルガスムに達する介助を行う場合もある。すべての場合で、通常は事前にサービスを受ける障害者のニーズと、身体的に可能なことは何かを長時間かけて評価してからサービスを開始する。

『セックスボランティア』、障害者の性と生 宮下 公美子(All About「介護・福祉業界で働く」ガイド
http://allabout.co.jp/gm/gc/295564/

ホワイトハンズ
http://www.whitehands.jp/menu.html

日本にもあります。

性を語ることは今でも冗談の域で話すことはあっても真剣には話していません、これは日本人一般的に言ってそうなんでしょう。学校教育レベルでの性教育がどこまで進んでいるのか私もよく分かりませんが日本ではまずは学生レベルが先決でしょうか?今までは障害者の性まで積極的には手が届かなかったのが実情で、高齢者の性もようやく話題になったと認識しています。
日本で性介護士って資格は本当に活かせるのか難しい面も多いでしょうが、まずは我々が知ることから始まると思います。
実は私、この記事を読むまで知りませんでした。恥ずかしながら...

FBで伏見 真弥 さんからのコメント掲載

そうなんですね。あたしの関わる和光鶴川小学校は小学校一年生から、性教育をしています。我が家もそうですが、、、ただ、ツアーで障害をもつ生徒さんは理性を押さえることが出来ない、。、いや知らないから、介助するあたしや担当者の胸やお尻を悪気なしで触ります。その援助する側を教育する学校でのツアーでも、先生たちが障害があるから、、、じゃなく、性の部分で大変なんだと話してくださいました。実際に友人も施設で生き甲斐を持ち、働いていましたが、利用者からの悪気のないセクハラや仕事中のストーキングに悩まされ、また上司に話をしても仕方ないで軽視され、心を壊し、辞める決意をしたようです。先生、知ってください。また一般の子の性に対する無頓着さを、、、大丈夫かぁ、日本、、、と思います。海外支援をしてる場合ではないと危機感を感じます。

2011年11月16日 (水)

心を開かぬ患者さん

10月22日こころ医療福祉専門学校で行った避難所巡回の設定でボランティアとして医師が質問をしても「なんであんたに話をしないといけないんですか。」と答えてくれない役を演じてくれた学生さん名演技でした。参加者23名、この方の演技でしばらくフリーズ。これはアメリカの医師国家試験面接であるステップ2CSでも必ず1名はいます。

慣れているはずでもその時の写真を見ると思わず右手の拳をかためています。http://www.facebook.com/onizukam実際のところ、なかなか心を閉ざした患者さんの心を開くというのは難儀な作業です。今回は訓練ですから、少し話題を替えて話易いところから責めると少しずつ喋ってくれました。実際、避難所では求められなくてもやってくる医療団に拒否反応を示した方が先の大震災時にはいらしたようで、講師陣の体験に根差した訓練になっていたようです。

それにしても今回のコースは名演技に支えられました。学生さんに感謝しています。

2011年11月14日 (月)

そりゃないだろトイレ@中国

中国に行けと言われたとして一番気になるものと言えばトイレではないでしょうか。上海、北京と海外の旅行客が多く来る処はトイレも綺麗になったそうですが田舎の方に行くとまだあるようです。インドでは大バケツの脇に手桶みたいな小さなバケツがあって、それで水を汲んで使うみたいです。洗うのは不浄な手とする左手なんでしょう。対面式のトイレでは慣れてきたら微笑み返したりして,,,郷に入れば郷に従えってことですね。最後は度胸!(11月7日FBより)

http://rocketnews24.com/2011/11/05/149401/

2011年11月11日 (金)

内部被曝量、子供と成人で減少幅に差 食品出荷制限も有効か

116日の「現場からの医療改革推進協議会」主催の第6回シンポジウムで、南相馬市立総合病院で支援に当たっている東京大学医科学研究所の医師、坪倉正治氏が、南相馬市で実施している内部被曝量の検査結果について報告した。

 これまで検査を終えた約2900人の子供のうち、セシウム137が検出されたのは約1割にとどまり、大半は体重1キロ当たり10Bq以下と微量の値だった。さらに子供の方が成人よりも内部被曝量が減少するのが早い傾向にあること、食品の出荷制限規制の奏功が示唆されるという。一方で、検査結果を市民に個別具体的に説明していくことは「医師の診察と同じ」と必要性を語った。

 坪倉氏によると、南相馬市のホールボディカウンターを用いた内部被曝量検査は7月から始まり、これまで約4500人の検査が終わっている。当初は「ホールボディカウンターの使用経験のある医師はゼロ。診療放射線技師もゼロで、どのように検査をすればいいのかが分からず、職員を対象にして練習をした」という。

 子供の検査は8月から開始したが、9月中旬ごろまでに検査を終えた2400人から放射性セシウム137が検出されたのはわずか6人だった。先立って始まった成人の検査よりも、検出頻度が低かったため、「この違いはどういうことなのだろう」と疑問に思ったという。その後、最新型のホールボディカウンターが導入されると、約500人中250人の子どもからセシウム137が検出された。この点について、坪倉氏は「子供から検出された値は、最新の機器は検出限界値が下がり、昔の機器では測れなかった値が、検出された程度のもの」と微量の放射線量を測定できたことによると説明する。

 これまで約2900人の子供の検査で、セシウム137が検出されたのは約1割。体重1キロ当たり、0Bq以上5Bq未満が64人、5Bq10Bq135人、10Bq15Bq55人、15Bq20Bq11人、20Bq25Bq4人、30Bq35Bq3人、40Bq45Bq1人、45Bq50Bq1人だった。

 ただ、子供については、「高い値だった子供に対して、2カ月後ぐらいにフォローアップしているが、全員が低下傾向にある。成人に比べると代謝が圧倒的に早い。年齢が低いほど、検出される値も低いということが言える」とした。子供と成人で減少幅に違いがある傾向が、ホールボディカウンターを早期に実施したことで分かった。

検査2カ月後に数値変化なしの成人も

 これに対して、チェルノブイリ原発事故の510年後にベラルーシ、ウクライナ、ロシアで計約11万人に実施されたホールボディカウンターによる内部被曝の検査で検出されたセシウム137の値は、050Bq77%、50100Bq13%、100200Bq5%、200Bq以上が5%、500Bq以上が03%というデータがあり、「ウクライナでホールボディカウンターを導入して検査をしたのが事故から5年後ぐらいで、検査が全く行われてこなかった。かつ、食べ物の制限がなく、自給自足の世界で山の中でキノコを採って食べたりしていた」と指摘。「日本はある程度、出荷制限がかかって、産地を気にして生活できることで差が出ているのではないかと感じている」とし、食品の出荷制限の効果が見られると分析する。

 南相馬市の調査でも、検査から2カ月が経過しても、内部被曝量が減少しない成人がいた。個別に話を聞くと、自分で野菜を採って食べるなどしていたという。放射性物質が付着した野菜を食べ続けた結果、放射性物質が蓄積し続けている可能性があり、坪倉氏は追跡調査をするという。また、「私が7月と9月で2回検査しているが、私が測ると検出されない。最高性能の機器でも検出されない。完全にゼロだと思わないが、4月以降に浜通り(福島県の沿岸地域)で生活している人たちは全員検出限界以下だった」といい、原発事故直後に放射性物質を大量に吸い込んだことが結果に影響している可能性があるという。

 一方で、「僕ら自身が国から派遣されたエージェントのようになっている」と指摘したのが、検査結果の説明方法だ。当初は1家族ずつ説明していたが、件数が増えるとパンク状態になり、書類の通知に変更した。すると、結果を手にして病院を訪れた人に「データを隠している」などと怒鳴られることもあった。この点について「正確な情報が伝わっていないと感じている。(放射線の影響について)突飛な情報に惑わされている人がいるのは確かだし、情報がなくて全く気にしていない人もいる。定期的にフォローすべきことなので、市民に情報を伝えて、みんなでコンセンサスを作っていかなくてはいけないと強く感じる」と述べた。

 出荷制限を気にせず野菜を食べたケースなどを含めて「一人ひとりの話を聞いてアドバイスができれば、内部被曝量は減らせると確信している。(検査後も)定期的にフォローしていくことなので、個別に対応もしていかなくてはいけない。医師が診察をするのとほとんど同じ」とし、継続的かつ個別具体的な対応の必要性を述べた。

http://www.m3.com/iryoIshin/article/144322/

チェルノブイリと違い、出荷制限した農産物を摂取していれば内部被曝は問題なく、小児は特に代謝が早いので減少幅が大人より大きい。大変興味ある内容。

坂の多い街

<坂の多い街 長崎 在宅医療を考える時>

 
訪問診療専門の医師にいつもお願いしているので訪問に出る機会はないのですが、今日は突然家に帰ると言いだしてやむなく帰ってしまった脳梗塞の患者さんのお宅に昼休み行ってきました。麻痺は軽度ではあるもののこの坂を見て考えること多いです。入院から在宅になる場合、リハビリのスタッフが家庭訪問して写真を見せてくれるんですが、今回は家屋チェック前で初めての訪問になってしまい、噂は聞いていたものの確かにきつい坂です。

NPO法人 長崎斜面研究会が長崎にはあります。

http://www.shamenken.jp/

工学部が関与するとこんなエレベーターも。

斜行エレベーター http://www.eonet.ne.jp/~nagasaki/zatugak5.htm

Powered by Six Apart