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2011年5月 1日 (日)

仙台ERから本吉病院、階上中学へ

今朝時に仙台へつくとTMATジャンバーを渡され、千葉と大阪から来た医師と引継ぎ、今日は外科系ER当直医一名で明日朝まで。これにて仙台ERへの医師派遣終了。明日から南三陸、気仙沼と支援終了まで。仙台経由、東京、横浜にて学会半日参加予定。午前中に2名搬送、2名ともアルコール依存がベースにあります。被災者だけでなく支援にきたボランティアにも依存者が、、、送り出す側はアルコール依存者であることを知らなかったんでしょうか。

午後は上部消化官出血、大腿骨頚部骨折、脳腫瘍、脳血栓症、頸椎症神経根症と入院しそうな患者が確実に救急車で来ます。院長先生から私が最後の応援医師で感謝の言葉を頂戴しました。軽症で入院が不要な患者さんが多いのかと思っていましたが、予想を裏切ってました。翌日からは南三陸~気仙沼まで向かいます。

5月2日気仙沼市本吉病院にて書いています。本吉地区は気仙沼に合併されるまで本吉町立病院だったらしく、常勤医師がいなくなった病院として有名になりました。先程まで近くの居酒屋で飲んでいると本吉の鈑金業者から差し入れを頂きました。交替で医師を回していますが、ここに就職を真剣に考えている方も現れています。残ったスタッフ、町民の熱意、辛抱強さを感じます。

そして階上中学避難所対策本部長さ守屋市議と熱く語り合いました。彼は国会議員に直接党派に関係なく御願いし、失業した避難所住民に瓦礫の撤去作業で一日8千円の日当、腐敗した海産物処理も地元の被災民を使う、指揮をとっています。失業保険に頼らず自活の道を歩もうとする市議の熱弁に目頭が熱くなりました。

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