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2011年5月 4日 (水)

気仙沼復興協会~階上(はしがみ)中学避難所生活から自立への道~

気仙沼市本吉病院、保育所、中学校、南三陸アリーナ、東松島を回り、撤退後のご挨拶を兼ねて本部の方と一緒に視察をさせて頂きました。階上(はしがみ)中学が最も印象深く、素直に感動しました。この中学では震災前から津波のシミュレーションを行ない、電気がない状態での生活、飯盒でご飯を炊くことから教えていました。被災直後から中学生が率先して動いたそうです。

階上(はしがみ)中学校答辞  http://www.youtube.com/watch?v=b7hNLmzcIHk&feature=youtu.be

避難所対策本部長守屋(もりや)守武市議がリーダーとなり気仙沼復興協会を立ち上げ、同市出身の大学院生が半年間休んで手伝っています。守屋さんは視察に訪れる国会議員に直接党派に関係なく働き、失業した避難所住民に瓦礫の撤去作業で一日8千円の日当、腐敗した海産物処理も地元の被災民を使う、指揮をとっています。失業保険に頼らず自活の道を歩もうとする市議の熱弁に二宮尊徳の話を思い出しました。http://twitter.com/#!/SaitoM

被災地出身のデザイナーが作ったオリジナルの一枚2000円鯉のぼりをネットで買ってもらい、購入者のメッセージをつけて収入とし(一枚300円のコスト)、自分達で稼ぐ、勤労する意義を説いています。失業保険に頼ると自活できなる怖さを守屋市議が訴えていらっしゃいました。http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110503/k10015687531000.html

支援金、物資の時代から雇用を作る時期になっており、我々は税金を今までよりも多めに出す痛みを分かち合って被災民の方々に働く機会を提供する、これが最も大切なことなんですね。

民間ハローワークが始動 震災失業者に職あっせん

2011.4.28 22:01

 東日本大震災で職を失った市民に雇用をつくり出そうと、宮城県気仙沼市で28日、「民間ハローワーク」の業務を担う「気仙沼復興協会」を市民らが設立、がれき撤去などの仕事のあっせんを開始した。市が、国の緊急雇用創出制度を利用して協会に850万円の事業費を委託。協会は、がれき撤去や清掃、被災した高齢者の支援など、主に復興に関わる業務をあっせんする。本業への復帰を見越して、臨時の日雇いの形式とし、賃金は協会が支払う。

 既に約80人が仮登録しており、停電で腐敗した水産加工品の海洋投棄などに従事している。京都府と兵庫県尼崎市からは、作業着や安全靴が贈られたという。協会会長の守屋守武市議は「民間がやることで、地域のあらゆる分野から仕事を見つけ、多くの人が働ける環境をつくりたい。復興の第一歩になるはず」と期待する。>

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110428/dst11042822010029-n1.htm

問題なのはマスコミでよく取り上げられる南三陸アリーナ周辺かもしれません。町長がマスコミに出て天皇陛下はヘリで降り立つ、イスラエル軍が置いていった仮設診療所があって注目され、支援物資が集中しています。しかし、ここは山、丘に乏しく、復興の青写真が最も見えません。ここに集中し過ぎて物資、サービスが届かない地域があります。米軍の凄いところはヘリからそういう地域に支援物資を落していきます。マスコミは皆が行かない所へも足を向けて取材して欲しいものです。

二宮尊徳の荒地開墾 (要約)

尊徳は,小田原藩主から荒れ地の再興を頼まれますが何回も断ります。断りきれないと分かると,自ら荒れ地に出向いて数か月間,荒れ地の村民と過ごし,土質,排水,設備,そして村民の日常生活,態度まで調べあげます。そして,次のように言います。

「仁術を施せば豊かな暮らしに戻すことができます。そのためには,藩主は金銭を貸し付けないでください。税を免除しないでください。金銭的援助は断ち切るのです。金銭的援助は貪欲と怠惰,そして争いを引き起こします。荒れ地は荒れ地自身が持つ力によって開発されなければならず,貧困は自力で立ち直らせなくてはなりません。ただし,藩主は一定量だけ年貢として納めさせ,それ以上は求めないでください。村民の生活に一定割合を使わせ,余った分は残りの耕地を開墾する資金として使わせてください。それが私の言う仁術です。自分自身の努力,慈愛,勤勉,自助で生活が徐々に向上することを知れば,10年で見違えるように再興できます。」

NHKニュースより

全国各地から寄せられた復興への応援メッセージが書かれた220匹余りのこいのぼりが、震災で大きな被害を受けた宮城県気仙沼市の避難所に飾られました。こいのぼりは、気仙沼市出身で川崎市に住むデザイナーの畠山雅枝さんがデザインしたものにインターネットでの呼びかけに応じた全国の人が応援のメッセージを書き込みました。

3日は270人余りが避難生活をしている気仙沼市の階上中学校で、避難所の人たちも参加して、こいのぼりをロープに結びつけて空に泳がせました。こいのぼりには「がんばろう」や「気仙沼の魚を食べたい」などと書かれ、中には鹿児島県の種子島の小学生たちが書き込んだものもありました。色とりどりのこいのぼりは風を受け、ゆったりと被災地の空を泳いでいました。

こいのぼりを見に来た近くの中学3年生の女の子は、「メッセージを見て元気をもらいました。私も気仙沼の復興のためにボランティアで手伝おうと思うようになりました」と話していました。

主催した畠山さんは高校卒業まで魚市場の近くに住んでいたということで、「全国の皆さんが気仙沼のことを真剣に考えてくれていると感じ、とても感動しました。私の実家も被災しましたが、これから復興に向けて気仙沼のためにできることをしていきたい」と話していました。

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